障子越しに感じる日光の柔らかさは、まるで春のようだった。生徒らの弾ける声は、まるで、夢うつつのように遠いところにあって。それが、余計にこの部屋の静けさを際立たせていた。穏やかな陽気につられて、みなは外で遊びに興じているようで。こんな日に図書室に籠ろうという輩はおらず、閑散としている。本を返しにきた四年生がいなくなると、俺一人、静寂に取り残された。

(内職でも持ってこればよかったな)

なんとなく暇を持て余して、つい、そんな考えた頭を過る。何かやることはないだろうか、と仕事を求め、辺りを見回す。けれど、あいにく返却本はさっき自分が全て戻してしまっていて。本の補修でもやろうかと覗いた一時預かり用の箱にも、一冊も本は残っていなかった。

(やることがない、ってなんか苦手だ)

常にバイトを3つも4つも抱え、何かしら体を動かしていた自分は、あまり暇というものを知らない。この六年、無意識のうちにも、意図的にも忙しさに身を置くようにしてきた。何かすることがあれば、そのことだけを考えていられる。

-------------余計なことを考えなくて、すむ。



***

「あれ、今日はきり丸が当番なんだ」

のんびりとした声が、どろりと落ち込みそうな思考をすくい上げた。声変わりを終えてもやや甲高い声は、振りかえらなくても誰だか分かる。

「三治郎」
「わぁ、全然、人がいないね」
「そりゃ、こんな天気だからな。三治郎も外に行ったと思ってた」
「うん。外に行ったんだけど、どうしても今日中に借りなきゃいけない本があったことを思い出して」

周りに人がおらず衣服に吸収されないか、いつも以上に響く三治郎の声。まぁ誰もいないからいいか、と自分の声も自然といつもの大きさになる。

「ふーん、何の本?」
「二冊あるんだけど、一冊はこれ」

懐から取り出された反故紙に書かれた書名に、頭が痛くなる。三治郎らしくない、崩れるような流し文字で綴られたそこには、「絡繰」という二文字が入っていて。思わず、「また、からくりかよ」と、心で思ったことがそのまま口を衝いて出た。

「あ、これは兵ちゃんの」

一応、言い訳めいた返事が返ってきた。その言葉に、どうりで見覚えがある字だ、と思う。どちらにしても、この手の本を借りるのは、この二人しかないわけだけど。

「もうすぐ臨時予算会議だから、一緒に借りてきてって」
「今度は何を作るんだよ」
「内緒。だって、きり丸に言うと会計委員長にばれちゃうもん」
「何で俺に言うと団蔵にばれるんだよ」
「えー、違う?」

思わず、言葉が詰まった。にこにこと邪気のない笑顔に、言おうとしていたことが全部吹っ飛んだ。何を言っても無駄だな、と思いなおし、話を変えることにする。

「で、もう一冊は?」
「あ、この本なんだけど。前から探してて」

三治郎は再び懐に手を入れると、別の反故紙を取り出した。彼らしい、少し丸みの帯びた文字が綴られている。顔を上げると、下がり眉の彼と目が合った。

「関連する書架は色々と探したんだけど、見当たらなくて」
「あー、これか」
「知ってる?」
「あぁ」

案内しようと席を立った俺に、三治郎は柔らかな微笑みを向けた。

「よかった、きり丸が当番で」
「え?」
「他の委員じゃ、こうはいかないもんね。聞いても『分かりません』とか言われちゃうこともあるし今日も、きり丸だといいなぁ、って思いながら来たんだよ。ずっと、きり丸は図書委員をやってるから、やっぱり頼りになるね」

さらり、と言ってのけた三治郎の顔がまともに見れない。

「あーずっとやってるのって、図書委員が楽だからだぜ。ほら、他の委員と違って、突然、委員会になることが少ないしさ。当番さえちゃんとやってれば文句言われないから、俺にはちょうどいいんだよ」

(三治郎の言葉が、なんとなく照れくさくて、つい、多弁な自分がそこにいた。)



 

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