エンドロールに眼を瞑る たけや と くくち

2010/01/14

朝方はうっすらと地面を濡らす程度だった霧雨は、いつの間にか大粒になり窓を叩いていた。雪にはならない、けれども限りなく冷たい雨に、窓の向こうは灰色に沈みこんでいた。レポートもテストもないこの時期のことだ、大方の学生は自主休校と決め込んだのかもしれない。そんな中、何で俺が研究室に来てるかと言えば、教授に仕事を頼まれたからだ。

(はー)

ため息をいくつ零したって、目の前のデータの山が減るわけじゃないのは百も承知だったけれど、どうも乗り気になれない。勉強になるから教授の助手的な事をするのが嫌いなわけじゃない。ただ、一人で片づけるにはちょっと骨の折れる量に頭が痛くなったのも事実だ。もう一度、窓の外を見やれば、ますます雨粒が大きくなっているような気がした。モノクロに染まる陰鬱な雰囲気が、ますます、俺の気持ちを落とした。

「とにかく、やるか」

俺の独り言も虚しく響き渡る。いつもだったらできるだけ静かな環境を好むのに、物音ひとつしない静謐さに余計なことを考えてしまいそうで。俺は耳にイヤホンを被せ、音楽プレーヤーのスイッチを入れた。柔らかな音が連なる心地よさに、俺の心は少しだけ上向いたような気がした。気だるげなシンガーが歌う異国の言葉は徐々に意味を失っていき、ただただ心地のよい旋律へと変わっていった。

***

軽快に走る指が最後の一文字のを打ち終え、パソコンの画面の下の方にあるデジタルの数字は夕刻を示していた。終わったー、という満足感に、ぐぅぅ、と椅子の背もたれを利用して、ひっくり返るように伸びをすれば-----------背後の人物と目が合って、俺は息の根を止められたかと思った。

『兵助』

ちょうど曲の盛り上がりの部分で彼の声はちっとも聞こえなかったけど、空気が揺らいだのが分かった。竹谷が、そこにいた。

「っ、」

驚きにのけぞって、そのまま椅子から転がり落ちそうになるのを、なんとか持ち前の力で押さえる。体勢を整えようとしていれば、竹谷の唇がまた空気を食んだ。開いた口の間隔から読みとれた彼の言葉に「驚きすぎって、声ぐらいかけてくればよかったのに」と文句を付けつつ、俺は耳のイアホンを外した。

「や、一応、声を掛けたんだけどさ」
「そうなのか悪い」
「あんまりでかい音で聞いてると、耳が悪くなるぞ」

竹谷にそう言われて、耳から離れたイアホンからただ漏れる音楽に指を音楽プレイヤーへと滑らす。機械の横に付いているボリュームをいじって音量を下げた。ゆるゆると空気を揺らす幽かな旋律が俺と竹谷の空隙を繋ぐ。俺はスイッチをオフにすることがどうしてもできなかった。静かになるのが、耐えられない気がしたから。--------俺は、竹谷に告白の返事をできずにいた。

『今すぐだとNoって言われそうだしよ、ちょっと考えて』

その場で何も言えなくなってしまったあの日から、もう、ひと月が経ってしまっていた。--------答えを出すのが怖くて、たまらなかった。YesでもNoでも、もう、前のようにはいられないのだ。





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