竹久々(現代・十万打リク【電球、カラス、湿った洗濯もの】)

※十万打リク・竹久々で【電球、カラス、湿った洗濯もの】



がたかた、と、立て付けの悪い部屋が揺れたような気がして、俺は目が覚めた。こたつに体を突っ込んでテレビを見ていて、どうやら、そのままうとうとと、寝てしまったらしい。まだテレビショッピングに切り替わってはないが、そこそこに可愛い女の子がパチンコを打っているような、そんな時間帯。飯を食ってからだから、数時間くらいだろうか。やたらとハイテンションな声が耳に痛くて、俺は他の番組に代える前にスイッチを切った。

(どうせなら、このまま朝まで寝てしまえばよかったのにな)

明日は面倒なことに、朝一から授業だ。中途半端に体に溜まった温もりは、体を起こしてこたつの外に出した瞬間、冷えの底に突き落とされて。寒さに、ぶるり、と自然と身震いが起こったために、ぼやり、と停滞していた眠気は吹っ飛んでて、俺は溜息を吐いた。こんな時間に目が覚めてしまっては、明日の授業は爆睡確実だ。

(まぁ、そのこと自体は別にどうだっていいけど)

出席重視の教授だ。とりあえず出てればそれなりに単位はもらえるはずだし、ノートを借りる友達くれぇはいる。つまり、遅刻さえしなけりゃ、寝ていようが何していようが、どうにかなるだろう。

(このまま起きていれば、の話だが……まぁ、起きてるだろうな)

一度目を覚ましてしまえば、なかなか寝付けない日々が、もうずっと続いていた。うつらうつらとしてしまえば、見る夢はいつだって限られていて。それは、あまりに哀しい夢だった。最近は、その夢を見ることがあまりに当たり前になってて、違和感を覚えることがねぇくらいになってしまって。けど、しん、と痺れるような淋しさには慣れることがなくて。--------ちょっと、寝るのが怖い。

「なんて、何、センチになってるんだ」

はは、っと乾いた笑いを零す。本当にらしくねぇ。たかだか部屋が揺れて目を覚ましたから、って簡単に折れそうになる心の脆弱さに情けねぇって、零す。だが、それを聞いてくれる奴は誰もいない。また、部屋が揺れた。ちょっとした風でも、地震が来たみたいに揺れるぼろアパートで。

「ハチ、ハチ。まだ起きてるか?」

けど、耳に飛び込んできた声に、違う、と。どうやら、これは人為的なようだ、ど。部屋が揺れてる原因は、どうやら、こいつらしい。薄っぺらいドアを叩く音が、やたらと静まり返った闇に響く。時間が時間だ。いくら夜更かしが仕事の大学生しかアパートにはいねぇとはいえ、さすがに迷惑だろう。ちょっとしたことじゃ動かなくなってる(ちょっとどころか、大家の家賃の取り立てにさえ出るのが億劫だ)重てぇ体も、す、っとこたつから離れた。その間も、「ハチ、ハチ」と俺の名は呼ばれ続け、ずっと、扉伝いの振動が部屋を揺らしている。だんだんと、それが大きくなっていって、

「ちょ、今行くって。だから、静かにしろよ」

小声で諫めるように言うが、扉越しのために聞こえてないのか廊下の声が収まることはない。慌てつつも、少しでも温かな空気を閉じこめようと部屋と玄関との間の戸を閉め、玄関へと向かう。何度言っても、止まないノック(というか揺さぶりの音)に、一刻も早くドアを開けようとしたが、灯りが点いていた部屋と隔てられたために、真っ暗で手元が見えなかった。濡羽烏のような、闇の中で指先がスイッチの場所を覚えていた。パチン。だが、俺が期待した光が灯ることはなかった。烏の羽根のような暗がりがあるばかりで。もう一度、スイッチを戻して押し直そうとして、思い出した。

(あ、そうだ。電球、切れてたんだ)

今朝(違ぇ、もう昨日か?)、大学に行くときに、ふ、と電気が点かないことに気づいた。どうやら、電球が切れたらしい。バイト帰りに買ってこよう、と思って家を出たのに、帰り際にはすっかりと忘れていた。みっしりと詰まった闇に物影が溺れてしまい、ようやく慣れた目でもはっきりと輪郭を掴むことができない。扉を叩くヤツの音に急かされ、どうにかこうにか、手だけでドアの鍵をどうにか見つけた俺は、いつものコツを思い出しながら(立て付けの悪い建物なせいか、鍵を開けるのにも一苦労なのだ)どうにかこうにか鍵を開けた。

「トイレ貸してくれ」

扉を開けるや否や、入り込んできたのはべったりとしたアルコールの臭いをふりまいた兵助だった。声はしっかりしてるものの、足取りはかなり危うい。寒さに曝されて紙みたいに白いくせに、目の縁だけが妙に赤く酒に灼けていた。これだけ酔っぱらってるのも珍しい。

(それにしても、久しぶりに会ったっつうのに、あまりに色気のねぇ第一声だよな)

別に「元気だったか?」とか「会いたかった」とか甘い睦言が聞きたかったわけじゃねぇ。けど、もうちょっと言うべき事が他にあるんじゃねぇのか、って思うのは自然なことだろう。---------なぜなら、俺と兵助は、『元』恋人同士、ってやつだから。急に、別れた相手が来たのなら、何かしら理由ありと考えるだろう。

「ちょ、兵助、」
「何?」

だが、よほど急いているのか、俺の返事を聞く前にそのまま兵助は玄関で靴をすりあわせるようにして脱ぐと上がり込んできた。勝手知ったる部屋だからだろう。そのままさっさと、すぐ傍にあるトイレのドアを引こうとして、「あ、そうだ」とその手を止めた。何だろうか、と、その先の言葉を待つために兵助の口元に注目する。もしかしたら、急に、この部屋に来た理由を言うかもしれねぇ、と。だが、

「お前、洗濯機、そのままになってるぞ」

兵助の口から出たのは、何の変哲もない-------------以前、兵助がこの部屋に入り浸っていた頃、よく耳にした---------言葉だった。気が抜けて、思わず「……なんだ、そんなことか」と落胆してしまったが、兵助は真面目な顔をして「なんだじゃないだろ」と答えた。半分、体をトイレに突っ込みながら、目差しは俺の方を越えて、その扉の向こう、冷え冷えとした通路に向けられている。

「まぁ、凍るってことはないだろうけど、ハチだけが使う訳じゃねぇんだし」

それだけ告げると、ぱたり、と扉を止めてトイレに篭もられた。こんな時間だ。今更な気もしたが、このドアの前で兵助を待っているのも、何だか、間が悪い気がして。俺は仕方なく玄関に転がっていたスニーカーに足を突っ込んだ。開け放たれたままの玄関を越えれば、わずか、一歩の差だというのに、空気の色が違う。胸に入り込んだ冷たさは、そのまま顔面まで迫り上がって、自然と目が潤んだ。

「うーさみぃさみぃ」

独り言を零しながら、ぽくぽくと、中途半端に履いたスニーカーを蹴り上げるようにして歩く。数メートル先、一晩中点いている薄暗い蛍光灯に照らされて、それは青白く光を放っていた。洗濯機、だった。今時、共用の洗濯機だなんて、時代遅れにも程があるかもしれない。ただ、大学に近い、そして家賃が格安という理由で選んだアパートは、風呂とトイレは部屋に付いていたものの、なぜか、洗濯機だけがアパートの階にひとつずつあるだけだった。最初は、他人と同じ槽を使うということに抵抗があったが、そのうちに慣れてしまえば、確かに週一、二回しか使わないものだから気にもならなくなった。

(まぁ、こうやって、カゴさえ置いておけば、時間が被ることもねぇしな)

音も動きもなく廃棄されたかにみえる洗濯機の横には、使用中を示すための約束として洗濯カゴが置いてある。こうやって洗濯をしたことを忘れて中に放置してしまう、ってことも、結構、皆あって。洗濯機が動いてないからといって、必ずしも空ってわけじゃねぇのだ。だから、洗濯機を覗かなくても、使用してるか否かが分かるよう、しかも急いでいるときは「早く片付けろ」って相手に言うことができるよう、誰が使ってるのか分かるように、それぞれのカゴを置く決まりになっているのだ。

(……覚えてたんだな……)

それがどういうことを意味するのか---------意味があるのか、全く意味がないことなのか-------期待してしまう己を諫めるように、俺は洗濯機の中に手を伸ばした。取りだそうと触れた洗濯物は、しっとりとした冷たさに浸された。その凍り付くような温度に、ぱ、っと目が冴える。水分が完全に飛んでしまったわけじゃねぇが、濡れたままぐちゃぐちゃに絡まってしまったそれは固まっていた。

(げっ、やっぱ、シワだらけかぁ……洗い直しだな)

さすがに、時間が時間だ。洗い直すにはあまりに遅い時間で、仕方なく引き上げることにする。その場で解くのが面倒で、とりあえず、そのままで洗濯カゴに突っ込んだ。塊となっていて一気に引き上げることができたせいか、あっという間に収まってしまった。カゴを持ったまま肘で洗濯機の蓋を閉め、部屋に戻ることにする。やたらと静かなのは、もう、皆寝静まっているせいだろうか。ひっそりと伸びる影。まるで、自分一人だけがこの世にいるみたいだった。

(まぁ、兵助がいるけどな)

カゴを抱え直しどうにか肘でノブを押し開け、隙間から体をねじ込むのと、トイレを流す水音が聞こえるのは同時だった。トイレから出てきた兵助と、鉢合わせをする。細々と流れ続ける水は、けれども、俺たちの沈黙を流すことはできなくて。空隙に耐えかねたのは俺ではなく、兵助の方だった。

「終電逃して、とりあえずふらふら歩いてたら、急にトイレに行きたくなったから、助かった」

へらへらと笑っている訳じゃねぇ。けど、あきらかに酔ってる。酔ってる。そうじゃなかったら、こんなこと言わない。こんな----------夢みたいなこと、言うはずがねぇ。

「なぁ、ハチ。今晩、泊まっていってもいいか?」

だなんて。あれだけ、傷つけ合って別れたんだ。頑張って頑張って頑張って忘れようとしたんだ。そんな簡単に『友だちが困ってるんだから』って割り切れるほど、俺は靭くねぇ。何もしない、なんて保証はねぇ。兵助が言っているとおり、終電は終わった。けど、この忘年会のシーズンなら、まだ大通りに出ればタクシーを捕まえることはできる。そう、今なら、まだ引き返すことができる。けど、彼は「なぁ、いいだろ」と笑うばかりで。

「……どうなっても知らねぇぞ」
「どうって? ……っ、」

じん、と重みに痺れる腕は限界で。どさ、っと落ちたカゴから濡れた洗濯物が飛び出すのを、構ってる余裕はなかった。てらり、濡羽に眩む色情に、食らいつく。すっかりと冷え切った指に、兵助の熱が、じわり、と染み込んでいく--------------------。

「なぁ、俺がお前のこと、まだ忘れてないって言ったら、どうする?」



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竹久々で【電球、カラス、湿った洗濯もの】でした。
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