竹久々(現代・結婚記念日)

「それでしたら、シンプルなデザインの方がずっと付けれますよ」

喉を濾して僅かになってしまった声量でもニュアンスは伝わったらしい。販売員さんにショーケース越しに余裕のある微笑みを受ければ俺はますます何も言えなくなってしまった。さっきまで繰り返していた「えっと」でさえ出てこねぇ。きっと耳まで赤くなっているだろう。そんな俺を知ってか知らずか、艶やかなルージュが象るお姉さんの(年齢的にはそんな変わらねぇだろうが、今の俺の心理状況からすればお姉さんって感じなのだ)唇がさらに上向いて、俺の視線は自然と下に向けられた。

(何か恥ずかしいよな)

俺も兵助もそこまでこだわりはなかったために、いざ指輪を買うとなった段階で俺は全くこういった指輪の知識がないことに気がついた。どんな材質があるのかとか相場とか流行りのデザインとか…とにかく、何一つと知らない。兵助の前でかっこつけようと、2人で来る前に下見することを思い立ったまではよかった。

けど、宝飾店なんて入り慣れない場所に俺は目星を付けてからも三周ほど店の周りを徘徊して。ようやく意を決して飛び込んだものの、そのきらびやかな世界に萎縮して。後退りしそうな所にさっきのお姉さんが声を掛けてくれたのだった。「何かお探しですか」と。

もうこれ以上の勇気は出てこないってくれぇ振り絞って用件を告げれば、差し示されたのが今俺がいるショーケースだった。

(ん〜)

控えめに絞られた照明の中で深みのある山葡萄色した敷布にディスプレイされた指輪はどれも煌めいていて綺麗だった。普段から装飾品といえば腕時計くれぇしか身に付けているイメージしかねぇ兵助のことを考えれば、あまりごちゃごちゃしたデザインじゃない方がいいんだろう、と、大体の範囲を絞ったが、少しずつ違うデザインに目移りしてしまう。だんだんと疲れてきて、心が折れそうになる。

(何かどれも同じに見えてきたよなぁ)

悩む頭を抱え唸りながら指輪を眺めていると、よくないって分かっていても、今度兵助と来た時でいいか考えるか、と投げやりな気持ちになってくる。

ふ、と、俺の視線の先、ガラスの中にある台座のベルベットが翳った。は、っと自分がショーケースにへばりついていることに気付き、慌て姿勢を正す。横にいるのはやや恰幅のある、けれども品のいい初老の男性だった。俺に応対していた販売員が気付き「お待ちしてました」と微笑み掛け、「今、お持ちしますね」と奥に引っ込んだ。何だろう、と意識を注いでいると、暫くしてさっきの彼女が深海の色合いをした小箱を持ってきた。

「こちらでよろしいですか?」

開かれた中にあるのは優しい輝きだった。彼は「よかった」と受けとるとそれをごくごく自然に左手の薬指にはめた。大事そうに見つめていた男性はようやく視線をそこから離して。はた、と俺と目があった。あ、と反らしかけた時、

「定年してから毎日、妻の手作り料理を食べるようになってから、ずいぶん太ってしまってね。指輪のサイズ直しなんて初めてだよ」

照れくさそうに頭をかきながら教えてくれた男性は「この店はキズはそのままにサイズを直してくれるって聞いていたけど、まさに評判通りだな」とまた目線を指輪に落とした。

「キズ、ですか?」

そんなのないほうがいいんじゃねぇだろうか、そんな考えが声色に出たのか、男性は「キズは証だからね。指輪には一緒に過ごした歳月が刻み込まれているんだ」と教えてくれて、さっきまでの折れかけていた心がシャンとする。しっかりショーケースを覗き込めば、ぴかり、と磨かれた光が目に留まった。

(あ、これなんかいいかも)

これから、ここに俺たちの日々が刻まれていくのだと思ったら、すげぇ愛しく感じた。



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1002結婚記念日に!竹久々を通じてたくさん倖せをもらってます^▽^ ありがとう!そして、おめでとう!!!




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