YOUR MY HERO!!(途中)



鋭士は、僕のヒーローだった。





「はじめまして、お隣宜しくお願いします」

ぺこりと軽く会釈をすれば、隣の席の彼はちらりと僕を一瞥した。そして直ぐに視線を前に戻す。
…此の教室で僕は空気みたいなものだ。特別いじられる訳じゃない。唯「いないもの」として扱われた。僕は教室に漂う空気。人を生かす酸素ではなく、だからといって人に害ある二酸化炭素でもない、例えるなら窒素だろうか。空気の大半を占める、特に此れといった役割も直ぐには思いつかない、窒素。

「おい」
「え?」

そんな空気だから、挨拶しても無駄。話しかけても無駄。主張するだけ無駄な筈だった。

普段は滅多に学校に現れない「彼」だから、期待していたのだと思う。そうして神は珍しく僕を見放さなかった。
――話し掛けて、貰えた!

「お前、名前は?」
「えっ…と、市蔵です」
「いちぞう?」
「そう市蔵。市蔵ニノスケです」
「ニノスケ…ニノね、解った。宜しく」

そう言ってふわりと柔らかく笑う「彼」は、厳つい面持ち故に随分誤解のされやすい性質なのでは無いかと推測出来た。そうして、はた、と気付いた。

「そうだ」
「ん?」
「君の名前は?入学式から来てないよね?」

僕がそう尋ねれば少々面食らったような顔をされたまま固まられた。何かおかしなことを言っただろうかと僕も固まる。先に硬直が解けたのは「彼」の方だった。

「…ははっ、俺のこと知らないで声掛けてきたんだな。成程、納得した!」
「え?」

有名人なのだろうか?あれ、そういえば、何か引っ掛かるような…

「改めまして、俺の名前は渋川鋭士!シクヨロッ」
「……!し、しぶっ…」
「んー?やっぱ聞き覚えあったか?」

あるなんてもんじゃなかった。僕は学校一の不良に話し掛けていたのだ。

“渋川鋭士”――ここら辺の不良たちは彼の一声で一瞬で集結するし、彼の意のままに自在に手足として動く。
学校一どころか、東京一の不良といっても凡そ差し支えは無いのではないのだろうか?其れだけ彼は周りに影響力のある存在だった。


「別に有名人の心算じゃねえんだけどな」

周りが勝手に騒ぐだけで。…あっけらかんとそう言う渋川君――こう呼んだら「むず痒いから、鋭士、でいい」と言われたがとてもじゃないが呼び捨てなんて畏れ多過ぎる――は、今僕と下校中だ。彼は授業中起きたり寝たりの繰り返しだった。二時間目が終わった辺りで「授業、解る?ノート要る?」と聞いたら「夢の中で聞いてるから無問題」と答えられた。其れで勉強が出来るなら、恐らく世の中の大半の人間は苦労しないだろうなと思う。

「一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「どうして急に学校に来る気になったの?」
「気分」
「……」

彼は随分マイペースに生きていやしないだろうか?少なくとも今まで僕の周りには彼ほどマイペースを突き進む人間はいなかったように思う。

「――じゃあさ」
「うん?」
「逆に、ニノは何で毎日学校に行くんだよ?気分乗らない日だってあるだろ?」
「え、其れは…」
“行かなきゃいけないから”

頭に即座に浮んだ答えは、何故か口からするりと出てはくれなかった。

「あ、月並みな“行かなきゃいけない”って理由は無しな」

渋川君は僕の心の中を読んでいるのだろうか?しかしどちらにせよ、彼が封じたことで僕はこの回答が出来なくなった。其れでは、他に何の理由があるだろう。
普通の子ならこう答えるだろう。「友達に会いたいから」とか「部活があるから」とか「給食美味しいから」とか何か色々。けど、どれも僕には当て嵌まらなかった。僕は空気だし、部活もやってないし、うちの学校は弁当だ。

「ニノはさ、周りに流されてるだけなんだよな」
「……ッ」

喉がヒュッと嫌な音を立てて、息が詰まったのが解った。顔が青褪める。

「被害妄想も甚だしいかもしんないぜ?」
「ど…どういう、意味…」

怖かった。見透かされてしまっているような気がした。何をかは解らないが、先程も思ったが、心を覗かれているような気がした。

「お前が気にしてる程、周りはお前を気にしてないし、嫌ってもいない。其れを“空気”だ“シカト”だと捉えるのは簡単だが、もう一度周りを見てみろよ。言いたいことあんじゃねえの?俺さ、」

渋川君は一度そこで切って、少し続きを口にするのを躊躇ったようだった。けれど直ぐに真顔に戻って、彼は僕に告げた。

「お前みたいな奴、大っ嫌い」





後頭部をブロックでタコ殴りにされたような衝撃だ。
今日初めて会ったばかりのクラスメイトに「大嫌い」とは此れ如何に。

「あーーーもう兄貴!焼酎〜!」
「未成年が何抜かしてんだ!」

ボカッと思い切り殴られる。地味に痛い。
僕の実家は居酒屋だ。正確に言うと、居酒屋は兄が経営しているだけで、実家は普通の何処にでもあるような一般家庭だ。けど似たようなもんなのでこう説明していることが多い。

「ちょっとーニノスケうるっさい!」
「調子コカないで!」
「何も調子に乗ってないよ!もー!美伊奈詩伊奈は兄に対する敬意ってもんが無いの!?」
『無い!』

どきっぱりと言われた。此れは此れで傷付く。
此の二人は、妹の美伊奈と詩伊奈。女の子の双子。髪型もお揃いのツインテール。そして此れもお揃い、最近口が滅法悪い。

「そうだ、言い忘れてた」
「家の方に、ニノスケを訪ねに来た人いるから今リビングに通したけど」
「僕?」

誰だろう。僕を訪ねに来る人?小中学校時代の友人達だろうか。けれど其れなら美伊奈詩伊奈も見覚えがある筈だ。こんな言い方はしない筈。

「名前言ってた?」
「言ってたよ」
「シブカワさんだって」
「!」

名前を聞いた途端、僕は腰掛けていた椅子を倒して家の方に走り出した。後ろから兄貴の怒鳴る声が聞こえる。けどそんなことはどうだっていい。どうして、なんで。僕が嫌いで、怒って、帰っちゃったんじゃないのか。

「渋川君!」
「よぉ」

そこに本当に渋川君がいた。見間違いでもなんでもない。我が家のソファで礼儀正しく、居住いを正して座しているのは、間違いなく先程別れた彼だった。

「どうし…」
「ごめん!」

困惑しながらも近寄ると、目の前でガタッと勢い良く立ち上がられて直角に背を折って謝られた。何が起こったか理解出来ずに、僕は目を白黒させる。

「さっきお前に酷いこと言っちまった。流石に今日知り合って「大嫌い」は失礼だった。詫びるよ、本当にごめん」
「渋川君…」
「だから言い直す。俺、ニノみたいな奴、好きじゃない」
「意味一緒!!!!!!!」

思わず突っ込めば、彼はニヤリと右の口角だけ上げたニヒルな笑みを見せた。そういえば昼間も同じような笑い方をしていた場面があったような気がする。クセなのかもしれない。

「けど、わざわざ謝りに来なくたって…明日学校で会えるのに」
「こういうのは早めに言うのが大事なんだよ」
あと明日はサボる、と清々しいほどに自由な答えが付いてきた。
「はははっ、いいなぁ。僕も渋川君くらい自由に生きてみたい」
「……」
「あ!ごめん、気ぃ悪くした?」
「いや…よし、解った。取り敢えず今日はもう帰るわ」
「え?あ、うん。じゃあそこまでお見送り…」
「いいわ、大丈夫。…っと、いけね、忘れるとこだった!此れやる!此れでチャラな!」
「は!?ちょっと待っ…早!」

ぽん!と投げ渡されたモノを確認しようと下に視線を向けた一瞬の隙に、渋川君はもう玄関まで遠ざかっていた。忍者か。

「…どんな顔で此れ買ったんだろ」

僕の腕の中には、先程渋川君に投げ渡された花束がある。
紫の花と赤い花で出来た花束。花束っつっても此の二輪しか挿さってないんだけど…どんな意味があっただろうと立ち尽くしたまま、ぼんやり考えていたらにゅっと美伊奈と詩伊奈が下から覗き込んできた。

「うっっっわ!?吃驚した!」
「ニノスケ変な顔」
「ニノスケうるさい」
「お前達ねぇ…」

言いたい放題の妹たちに頬をヒクつかせる。全く情け容赦の無い悪口のオンパレードだ。
すると花束をじーっと見つめ始めた美伊奈と詩伊奈がぼそぼそと口を開いた。

「紫のヒヤシンス?」
「赤のフリージア?」
「ん?あ、此れヒヤシンスとフリージアなんだ。そうだ、花言葉とかも解る?」
「紫のヒヤシンスは「許してください」で」
「フリージアは「親愛の情」とかだよ」
「へぇ…」
「ニノスケキモい」
「ニノスケニヤニヤしないで」

相変わらず酷い言われ様だが、今は悪い心地はしなかった。花屋も少し花束にするのを躊躇いそうな組み合わせの花束。きっと彼はそういうことに明るいに違いない。何故だかそう確信があった。花言葉のせいだろうが「彼」の人柄がなんとなくそうだと告げている気がする。
――僕は其の日、久しぶりに早く寝た。明日が来るのが待ち遠しかった。渋川君が学校には来ないだろうと解っていても、高校で初めて出来た「友達」に僕の心は浮かれまくっていた。

「おやすみなさい」

僕の心を表すように爛々と星が瞬く夜空に、就寝の挨拶をした。
明日はきっと晴れるだろう。





ピンポーンと朝早くから家に響き渡るチャイム。
洗面所で歯磨きをしていた僕と、店の方で在庫などの確認をしている兄貴しか起きていないような時間だ。店にいる兄貴じゃ反応出来ないから、ここは僕の出番だった。急いで口を濯いで玄関に走る。其の間も等間隔で鳴り続けるチャイム。

「はいはーい!今開けまーすっ!」

覗き穴からの確認もそこそこに、ガチャリとドアノブを回してドアを開ける。

「よぉ」

其処には昨晩僕に花束を渡した渋川君が立っていた。

「……約束してたっけ?」
「してないな」
「そっか」

どういうことだ、彼は何故此処にいるんだ。

「お前もう起きてるのかよ。早すぎたかと思ったのに」
「昨日早く寝たから」
「じゃあ今日は充電満タンだな?」
「そうともいうね!充電&充電は満タンだね!」

じゃあ大丈夫だな、と言って渋川君は僕にヘルメットを押し付けた。黒い…バイクの乗車用ヘルメット。

「…ん?」
「ちゃんと顎紐調節しろよ。ヘルメットしてないなんて理由でサツに捕まりたくないからな」

彼が何を言っているのか解らないまま、支度を急かされて、朝ごはんもそこそこに外に出た。渋川君は、ヘルメットとお揃いの、黄色いラインの入った真っ黒なバイクを我が家の前の道路脇に停めて立っていた。僕が家から出て来たのに気付くと、眉間にシワを寄せてあからさまに不機嫌そうな顔をしてきた。

「え、な、何…?」
「お前、ヘルメットなんで未だ被ってないの?」
「あ、」

被って来いと云う意味で渡されたのか。そういえば「顎紐調節しろよ」ってことは被ってこいと同義ではないか。素直にごめんと謝ると、別に謝ることでは無いとぶっきらぼうに返された。

「いいから早くヘルメット付けろ。出発すんぞ」
「え、乗せてくれるの?」
「じゃなきゃ何の為にヘルメット渡すんだよ!」

渋川君から飽きれ笑いが零れた。
急いでヘルメットを装着して渋川君の後ろに乗る。

「単車乗るのは?」
「はじめて!後ろもね!自転車でも無い&無いよ!」
「ふーん、じゃあしっかり掴まってろよ」

言うやいなや、渋川君は突然バイクを発進させた。振り落とされそうになって、急いで渋川君の腰に抱きつく。

「あーーー此れが女だったら良かったのになー」
「凄い&凄い!早い!!」
「聞いてねえし…」

渋川君が前でブツブツ言っているのは解っていたが、慣れないヘルメットをしているのも手伝って割りと本気で聞こえていなかった。あのときこんな風に文句を言っていたのを聞いたのは、もっともっと後のことだった。

「あれ?学校と反対だけど、何処行くの?」

学校とは逆方向に進んでいることに途中で気付いて、渋川君に問い掛けるも、渋川君も聞こえていないのか返事は無かった。そのまま渋川君の向かうままに身を任せた。足早に通り過ぎていく景色たち。晴天の空の青さ。草木の生い茂る香り――…ん?草木?

「え、ちょ、渋川君マジで何処向かって――」
「もう見えてくるから待ってろ」

今度は聞こえらしい。どんどん田舎の方へ進んでいる。僕らの住む市街地からは離れてしまっている。ふと時計を頑張って見て見れば、8時25分を示していた。7時前には家を出た気がするから、かれこれ一時間以上単車に揺られていることになる。そして此れが示す意味はもう一つ。もう学校には間に合わないと云うことだった。

「おい、ニノ。右見ろ」
「え?……うお!すげえ!!」

渋川君の声に反応して右を振り向けば、そこには地平線の彼方まで蒼が続き、空の青と混ざりゆく海が見えた。

「きっれーーー…」

思わず感嘆の声を漏らすと「海見たことの無いガキかよ」と笑われた。





「ほい、とうちゃーく」
「ケツいてーーーっ!」




2015/06/23
18:07 Tue
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