04-夜の睦言










その日はシトシトと静かに雨が降っていた

昼ごろから降りだした雨は空気を冷やし音を地面に吸い込む



リオは傘もささず降りてくる雨粒に打たれながら1人路地裏を歩いていた



「いい雨…こういう日は懇親の一作ができるから好きだなぁ」



灰色の雲が覆う空を見上げて微笑む

耳につけたイヤホンからはお気に入りのヴィジュアル系バンドの曲が耳に心地よく響いた



−電車の中に置き去りにされた雨傘のような悲しい気持ちになる−



家に置いてきた黒い傘は悲しんでいるだろうか









路地裏を抜けて駅の近くに出ると人がまばらに歩いていた

傘をさして足早に歩く人達は、まるで雨など降っていないという素振りで歩くリオに訝しげな視線を送る



視線を気にするでもなくただただリオは歩いた



彼女にとってこれは自分のインスピレーションを高めるための散歩なのだ



駅のロータリーを抜けて自分の店とは反対側の駅前に出る

仕事帰りのサラリーマンやOL、飲み会帰りの大学生、たくさんの人が交差する中リオは器用にその間をすり抜けた



駅前のファーストフード店を通り過ぎ、ケーキ屋に立てられた人形を眺める

舌を出して笑う女の子は雨に濡れてもその表情を変えることはない



軒下に入って雨が振り込まないことを確認してから小さなスケッチブックを取り出した





「♪」



店の壁にもたれてスケッチブックに線を書き込んでいく

頭から順に書いていくと、横に立っている女の子の人形が紙の上で笑った



「堕落ターイム」



小さく呟いてペンを持ち帰ると、女の子の肌を黒く塗りつぶし始める

本来黒く塗られるであろう場所は白く、白いはずの肌を黒く塗りつぶされ、アンバランスな女の子になってしまった



履いていたスカートから垂れる大粒の液体

頭には逆さまになった傘が乗せられた



傘の端からこぼれる雫も黒い



「──!い、──おい!」

「…?」





イヤホンをした耳に小さく声が入ってきた

自分の視界に影が差す

スケッチブックに落としていた視線を上げると、スーツを着た体格のいい男が目の間に立ち自分に向かって声をかけていた



なぜ声をかけられたのかわからず首をかしげてイヤホンを外す



「…何か?」

「傘も持たず、ずぶ濡れで何をしているんだ」

「何をしていようと私の自由だし、あなたに文句を言われる筋合いはありません」

「風邪を引いてはいけない。俺の傘を貸そう」



どうやらケーキ屋から出てきて自分が目に止まってしまったらしい

男の手には持ち帰り用のケーキがちょこんと下げられていた





「私家出少女でもないし、傘もあえて持ってきてないの。これでも成人してるから、お気遣いなく」





彼の胸につけられたバッジが視界に入り、リオはもたれていた体を起こす

スケッチブックを閉じて男の横を通り過ぎようとした



「待て」



肩を掴まれ立ち止まる

できれば早くこの場を去りたいと思うリオだが揉め事を起こして人が集まってくるのも厄介だ

仕方なく振り返って男の顔を見上げた



「…ご心配をおかけしました。家は遠くありませんので大丈夫です」

「…はぁ…なら、俺のお節介で構わない。受け取ってくれないか」



無感情に見上げるリオに男は軽くため息を吐く

そして自分の持っていた傘とケーキの箱を差し出した



「ありがとう、ございます」



何度か傘と男の顔の間で視線を往復させるが、引き下がる気配のない男の様子にリオも諦めて受け取る

なぜ差し出されたかわからないがケーキの箱も一緒に受け取った



「すまなかったな。急に声をかけて」

「いえ…」

「俺は亜門鋼太郎。この区は他の区に比べて危険だ…もし何かあれば連絡してくれて構わない」



傘を持つ手に名刺を握らせ、亜門と名乗る男は軒下を出る



CCGと書かれた名刺はポケットにくしゃりと押し込んだ



高まっていたインスピレーションもすっかり熱が引いて、リオは半ば押し付けられた傘を差しケーキ屋を後にする



「ケーキ…勿体無いな」





























「どうしたのそんなびしょ濡れで」



なんの前触れもなく店を訪れたリオにウタはタオルを差し出した



「ちょっと散歩してた」

「ちょっとじゃないよねこの濡れ方は」



タオルを受け取ってがしがしと頭を拭く

どうして自分の家に帰らなかった、などというは野暮な話だ



「雨の日はインスピレーション高まるから散歩して、絵を描きに行くの」

「何かいいものは描けた?」

「ケーキ屋で男に邪魔されて、ケーキもらった」

「うん、よくわからないけどその箱がケーキの箱?」

「傘と一緒にくれた」



軽く雨に濡れてしまったのか、持ち手が湿っているケーキの箱はウタの作業台に置かれている



ずぶ濡れになった、ケーキ屋で男に傘とケーキを貰った、これだけ聞いても脈絡がなく理解するのは難しかった



「あー…そういえばなんか名刺ももらったんだよね」

「律儀な人だったんだね」



タオルを首から下げたリオはポケットに押し込んだ名刺を取り出して広げる



名刺には《CCG 亜門鋼太郎》と書かれているが、濡れた手で触れたため微かにインクがにじみ出ていた



「CCG…喰種捜査官もケーキ食べてるってちょっと可愛いね」

「ほら、あれじゃない?頭を使う時は脳に糖分が必要ってやつ」

「そうかも」

「見た目は腕っぷしで突っ込んでいきそうな人だったけど」



クスクスと笑い合いながらケーキの箱を開け中身を見る

箱の中にはショートケーキ、ガトーショコラ、モンブランと1人で食べるには十二分な量のケーキが詰められていた



「こんなに食べるつもりだったんだ…いや、職場の人と一緒にってこともなくはないか」

「どうするの?それ」

「ウタは甘いもの嫌いなんだよね?家で食べるよー」

「そんなに食べれるの?」

「甘いモノは別腹でしょ」



箱を閉じて、リオは手に持っていた名刺をウタに向かって放り投げる



「ナンパされても連絡する気ないし、あげる」

「僕も男の人には興味ないなぁ」

「んじゃ、捨てちゃって」



タオルを首にかけたまま、ケーキの箱をひょいと持ち上げてリオは店の出口に足を向けた



「タオル、洗って返すからちょっと貸りてもいい?」

「うん。風邪引かないようにね」



ひらひらと手を振って、店の扉を押し開ける



雨はまだしとしとと降り続いていた



「はっくしゅ」



このまま外にいたらウタの言うとおり風邪を引きかねない

とりあえず浴槽に浸かろうと考えつつ、目の前に佇む自分の店の扉を開いて帰宅した













──────────

(なぜ俺はナンパまがいのようなことを…っくしゅ)















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