07-正午の会合-







uta07































午後13時



今日は世間一般でいう祝日というものだ



とはいえ自営業を営んでいるリオにとって暦は大して意識するものでもなく

いつもと同じ開店作業を終え、PCデスクに座った





「んー…最近売上落ちたなー…メディア露出少ないしもともとコアな人向けのブランドとはいえ…」



月別の売上をグラフで表示する

ブランド立ち上げ当初よりは固定客がついたとはいえ、都合よく売上は伸びてくれなかった



「ふむ…ちょっと雑誌の取材でも取ってみようかしら」



リオはポケットからスマホを取り出して番号をタップする



数回のコール音のあと奇妙な音楽がスピーカーから流れてきた



「…相変わらずこの初見バイバイな待ちうたやめてくんないかな…」

「初見バイバイのつもりで設定してるのですよ」



おかしなことにその声はスマホからでは聞こえたのではなく、リオはスマホを耳から離す

スマホからは未だにおどろおどろしいメロディーが流れていた



「グッドタイミングですね」

「リオのことならなんでもお見通しです」

「そいつは結構なことで」



通話を切り、立ち上がって声の主を店に迎え入れる

燕尾服に身を包んだその人物は端正な顔立ちに長身、切れ長の瞳がどこか中性的な雰囲気を醸し出していた



…そう、Gファンタジー系をお読みの方なら想像がつくのではないだろうか



かの”あくまでもなんちゃら”で有名なセバおっと誰か来たようだ



そんな感じの人物は手に持っていた茶封筒をリオに投げてよこす



「ちょ、投げないでくださいよ」

「貴方ならそれくらい受け取れるでしょう」

「見た目と行動がホントあってないですよね」

「それは心外です」



茶封筒をあけると、中には1冊のファッション雑誌が収められていた



KERO!と書かれた雑誌タイトルにリオは目を輝かせる



「こ!これ!私の大好きなKERO!」

「本日18時、取材の方がいらっしゃいますので手はずを整えておくようお願いしますね」

「…え?」

「聞こえませんでしたか?本日18時、KERO!の雑誌に掲載していただくための取材を行って頂きます」

「…………」

「リオ?」



KERO!を持つ手が震えていた

それは喜びからくるものか、不安からくるものか、はたまた他の



「いぃいやったぁあああああ!!ついに!!私のブランドが!!KERO!に載るんだ…!」



喜びに打ち震えていたらしい



「ありがとう!ありがとう!本当にありがとうございます瀬場さん!」

「おやおや…そこまで嬉しそうにされると嫌味を言う気も失せますね」



満面の笑みで瀬場に抱きついたリオの頭を彼は優しく撫でた



今頃の紹介ではあるが彼、瀬場はリオのファッションセンス、デザインセンスを見込んでブランドを立ち上げさせた立役者だ



彼が喰種か人間かはリオは知らない

ただ、1人取り残され希望を見いだせなかったリオの手を取り、立ち上がらせたのが彼であることは確固たる事実



リオは彼が喰種か人間であるかに関わらず絶対の信頼を置いていた。



彼と彼女の過去についてはここでは割愛させていただくとする。



「今回のテーマが”Only oneな自分”とのことで”Me”のブランド、併せてこの店の紹介で2ページ頂けるようです」

「Only oneな自分…」

「”Me”にピッタリのテーマだと思いませんか?」

「思う!」



カラカラカラ…



「リオさん、マスクできた─────」



木製のドアチャイムが乾いた音を立てて揺れた

ウタの眼前には初めて見る長身の男と##NAME1##が抱き合う光景

マスクを完成させてすぐに持ってきたのかサングラスをつけておらず、彼の赫眼が見開かれたことがわかった



「あ!ウター!いらっしゃい!」



リオが瀬場から身体を離してウタに駆け寄る

瀬場は突如現れた赫眼を持つ男の顔を一瞥してから店の奥へと足を向けた



「ごめん、お邪魔だったかな」

「全然!ウタに報告したいこともあったしあとで行こうと思ってたんだよね」

「……あの人は?」

「彼は瀬場さん。私の恩人というか、上司というか…」

「保護者のようなものです」

「ちょ、瀬場さん!私もう大人なんだからその扱いはやめてよ!」



店内のディスプレイを眺める瀬場をウタが見つめる

彼もリオと同じく匂いで喰種か人間かの区別ができなかった



「…あの人は大丈夫。そういうくくりで生きてないから」

「興味あるけど…今日はやめておくよ」

「あ!でさ、マスクできたんだっけ?」

「うん。早く見せたくて…着けてみてくれるかな」

「今?」

「そう、今」



ウタは手に持った紙袋からマスクを差し出す

真っ黒なマスクに様々な赤色で装飾が施され、左目はモノクルのようなレンズ、そのレンズもまた赤い

モノクルからは羽の形を模した装飾が伸びていた



「わっ…すごい…綺麗…」

「レンズの色、見にくかったら取り替えるから」

「ちょっとまってね…」



リオがマスクを顔に装着する

レンズの奥で開かれるリオの瞳がウタを捉えた



「……どう?」



首をかしげてみせるリオにウタは顔を綻ばせた



「とてもよく似合ってるよ」

「ほんとっ?えーっと鏡は…っと」



店内に立てられた全身鏡に自分の姿を映す

鏡の中には漆黒の面を着けた女性の姿が映った



「かっこいい!ウタこれかっこいいよ!」

「喜んでもらえたかな?」

「感激!」

「…ほぅ、喰種のマスクですか」



リオが映る鏡を瀬場が覗き込む



「これは、貴方が?」

「瀬場さん紹介するね!この人は、向かいでマスク屋さんをやってるウタ!」

「ウタです」



マスクを着けたままリオはウタを紹介した

こてんと首を傾けて挨拶するウタ

瀬場はにこやかに会釈を返した



「ウタさん…ですね。私は瀬場と申します。貴方の容姿…雰囲気…リオが気に入るのも頷けます」

「瀬場さん!余計なこと言わないで!」

「僕、気に入られてたんだ。嬉しいな」

「いや、あの、ちょっ」

「リオはウタさんをモデルに何着かデザインされていましたよね?」

「〜〜〜っしまった…!」



最悪のタッグが組まれてしまったのではないかとリオは顔を覆う



いつ持ちだしたのか瀬場はスケッチブックを片手に持ちパラパラとめくっていた



「いつの間に!?瀬場さん頼むから勝手に──」

「あぁ、これですね…リオが引っ越した直後私に送ってきたデザインは」



ピタリと手を止めたページは初めてリオがウタに会った日にかき上げた一枚



目だけ赤く塗られたそれの端には日付が書かれていた



「せっかくですし、ウタさんには”Me”のモデルになって頂くのが良いかと」

「何がせっかく!?話の脈絡ないよ!?」

「モデル?」

「えぇ。”Me”には専属モデルがいないのです。基本的にリオが着こなせてしまうので」

「人雇うと人件費勿体無いもん」



リオは瀬場からスケッチブックを奪うと自分の胸に抱える



実際この店のスタッフはリオだけであり、デザインした服の製作にすでに何人かの人件費が発生している現状だ

これ以上人件費を増やせば利益は落ちるばかり



「僕、やってもいいよ。モデル」

「よかったですねリオ」

「え?ん?えーっと…?つまり?」

「僕が」

「うん」

「リオさんの」

「うん」

「モデルになるよ」

「うん……………え?いいの?ほんとに?」



ウタの言葉が唐突すぎて信じられないのか、リオはパチパチと瞬きを繰り返した

いつの間に外したのか、マスクはショーケースの上に置かれている



「代わりに、リオさんも僕のマスクのモデルとか、やってね?」

「それはモデル料の代わり、ということですか?」

「そういうことになりますね」

「ではそれで契約といたしましょう。書類は後日お持ちします」



トントン拍子に話が進みすぎてリオは展開に着いて行けていない



「では、今日の取材でヘマをしないよう、くれぐれも、お願いいたしますね」

「あれ?瀬場さん行っちゃうんですか?」

「えぇ。ほかにもやることがありますので」



リオの頭にポンと手をのせた

そしてそのまま指先に力を入れ──



「いだだだだ痛い!瀬場さん痛い!」

「知ってます」

「鬼!悪魔ー!」

「悪魔で結構」



リオの頭をミシミシと鷲掴んだあと、とても綺麗な笑顔で店を出て行った



カラカラとドアチャイムの静かな音だけが店内に残される



「……面白い人だね」

「…変わってる人、だけど…だから、私は今ここにこうしていられる」



胸に抱えたKERO!を大切そうに抱きしめ、リオは目をつぶった



ウタが彼女の過去を知るのは、まだもう少し先の話











──────────

(私は執事では、ありませんよ?)






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