違いのすれ違い
晩飯も食い終わり、片付けも終えて話す事も減ってきた時間。そろそろお暇するかとソファの横を通ろうとした時。トンと何かを蹴ってしまった。向けた視線の先で倒れるそれに目を見開く。
「あ、っげ」
ソファに立て掛けていた手提げからバサーッと中身が滑り出る。うわぁ、と嘆息しながら散らばり広がってしまった物を慌てて掻き集めていると、横に膝を付いた先輩が何枚か拾って渡してくれた。
「こんなに課題が出ているのか」
「いえ、課題も……まぁいっぱいあるんですけど。こっちは風紀のです。休んでる間に溜まってたって持ってこられて、ちょっと」
受け取ったプリントをファイルに挟み直して苦笑する。先輩が集めてくれたのは確かに課題だが、それとは別のファイルに入っている紙の束は違う。折り目が付いている紙を見下ろして笑っていると、先輩が剣呑な空気を纏って低い声を出した。
「一週間は完全に休みにするんじゃなかったのか?」
「あ、いえ。仕事じゃなかです」
「うん?」
「お手紙なんですよ」
ほら、とファイルを裏返し挟まった数枚の封筒を翳して見せる。差出人名はあったり無かったり。宛名は俺の名前じゃなくて、其々ちょっと違う。そんな手紙。
眉間に寄ったシワを解いた先輩がキョトンと首を傾げるのを見ながら同じ様に頭を傾け口を開いた。
「俺、愚痴の電話窓口の当番してるって話しましたよね」
「あぁ、言ってたな」
「それで何か、お礼とかそんな感じのがくるようになってて」
「へぇ……」
「今回は暫く休んでいたから心配とか、そんなのもきてるっぽくて。それでこれ読んでもっと元気出すようにって副委員長から渡されたんです」
ファイルをなぞって目を細める。
何月何日何時に電話に出た人。部活の相談にのってくれた人。ゆっくりした声の人。こちらの名前は愚痴を言い難くなるだろうと秘密にしている為そんな風に宛てられる手紙。
たまに文句とか悪戯とかもくるけれど、大抵はスッキリしたとか良い事があったとかありがとうとか。そういったものが書かれていて嬉しいのだと話せばそうか、と優しい相槌が返される。その声に口を緩めながら、ふと思い出した手紙の内容に片手を打った。
「あ、後ラブレターもありますよ」
「……は」
「電話で悩みを聞いてもらって好きになりましたー、みたいなのがたまに」
俺の人生の中でラブレター貰う事なんて無いだろうって思っていたのに幾つかきていて、何だかモテモテな気分である。
と、言っても天蔵先輩や東雲君みたいな格好いい人達宛にくる量が凄すぎてモテモテの基準が分からなくなっている。それでもくるだけ凄いと思うし嬉しい。
だけれど。
「まぁ、皆さん其々カッコいいとか可愛いとか綺麗とか、思い思い理想の人物に宛てているみたいなんであんまり俺にって感じじゃないんですけどね」
姿が見えない分想像が広がるのか、矢鱈と美化された人物像を書き綴られていて。何だか他人宛のラブレターを盗み見ている気分にすらなる。平凡な男でごめんなさい。
しかしまぁ委員内で返事はしない方針になっているし名前もこれから先明かす事はないし。電話の俺は謎のまま。夢を与えているのだと思えばある意味人助け……なのか?
東雲君に相談した時横から入ってきた絹山先輩からプルプル震えながら言われた台詞を思い返しながら唸る。騙しているみたいだし、申し訳無いのだけど、結局ラブレターは俺とは別の誰かに宛てられたものという感覚でいる。いつかはそんな幻想の入っていないものが貰えたら良いなー、なんて思ったけどここ男子校だ。冷静に考えたら男から貰っても……なぁ。
どんな相手でも好意は嬉しいけど毎回そう考えては悩む。そんな複雑な気持ちも含めて物語的な扱いをしてしまう手紙を仕舞い、膝に手を置く。それじゃあ今日は、と言いながら立ち上がり掛けて、クンッと腕を引かれバランスを崩した。
は?という声は出たのかどうか。一瞬の浮遊感の後背中と尻にボスンと衝撃。息を飲み軽い痛みとショックをやり過ごす。そうして何事かと目を開いた。
「…………」
「…………」
開いた先には先輩で、意味が分からず見詰め返す。すくんで固まり見上げる俺と眉間にシワを寄せ睨み見下ろす先輩。両手首が少し痛いな、と思ったところからどうにか止まった思考を働かせる。
ソファに引き倒されたのだと気付いたのはややあって。座った状態で手首を押さえられたまま見上げる先輩の表情は固く。何か怒らせたのかと冷や汗がジワッと浮かんで数秒。パチパチと瞬きながら、恐る恐る声を掛けた。
「先、輩?」
「……、……悪い」
ハッと苦い顔をした先輩が手首の拘束を緩め体を起こす。その姿に、このまま離れられるのはきっと良くないという危機感を覚え、咄嗟に手を伸ばした。
「先輩っ、……えっと。あの、どうかしたんですか」
「…………」