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ギリギリ届いた指先で先輩を引き留める。目を見開いた先輩が動きを止めたのを良い事にペタリと頬に掌を当て逸らされた視線を引き戻した。深い闇色の瞳が揺らぐ。その色を見極めようとしたが、瞼に隠された。


「どうもしないよ」

「…………」


笑う先輩を見上げ、眉を顰める。どうもしない顔じゃない。そう言っても、先輩は絶対それ以上話さないだろう。でも聞き出さなければという焦燥感に駆られていれば先輩がそっと離れようとしているのに気付き、咄嗟に首へ腕を回してギュッとしがみついた。


「っこら……、吉里!」

「言うまで離しません」

「お前は……っ、」

「離しませんよ」

「……はぁ」


意地でも動かないと気持ちを込めて固く声を絞り出せば諦めたような溜め息の後、トン、と肩に頭が落ちてきて覆い被さられた体勢になる。上半身が密着した状態に一瞬にして緊張から体が強張った。いや、離さないとは言ったけど。言ったけどさぁっ。
沸いた羞恥心に顔が熱くなる。目的を忘れパニクりかけたが先輩がモゾリと動いたので必死に意識を引き戻した。


「どうにも、気に食わなくてな」

「うっ、え?」

「お前に思いを寄せている者がいるのだと思ったら。……八つ当たりだな。すまん」


自嘲したような声色と共に吐き出された息が耳を擽りゾワゾワとこそばい。その感覚を逃がしながら囁かれた言葉を脳内で反復し考える。気に食わないって、何が?
……俺のような平凡な男に沢山のラブレターなんて生意気な、みたいな……いや、先輩がそんな事思う訳無いし。そんな小さい人じゃない。それに何より。


「先輩もラブレター、貰った事ありますよね?」

「……まぁ」

「いっぱい?」

「…………」


返事が無いのが返事か。っていうか分かりきった事だけど。
じゃあやっぱり俺なんかにラブレターがきてムカついた、なんて理由じゃないだろう。じゃあ何が気に食わないのか。誰よりもモテて、ラブレターなんてきっと昔から山程沢山貰っている先輩が……先輩、が。
並べた言葉の羅列に引っ掛かり思考が進まなくなる。先輩の思考を想像しようとしているのにそれを阻むものが自分の中にある。何だと考えて、ふとある一つの答えに思い至った。


「先輩。先輩の気持ち、何と無く分かった気がします」

「ん?」

「先輩がモテるのは知っとるし分かってたんですけど、今凄くモヤッとしてます」

「…………」

「これあれですかね。やきもち?」


キュッと回した腕の力を強めて傍の髪の毛に頬を押し当てる。息を飲む音を耳元に感じながら目を閉じた。
格好良くて、生徒会長をやっていて、親衛隊があって、好意という好意を集めまくっているなんて知っている。ラブレターやら告白やらそんなの分かりきった事。それでも俺の方が先輩の事知ってるんだぞ、みたいな変に張り合いとか競争心めいた気持ちが強く気分を乱す。確かに何だか気に食わない。
ふ、と笑いながら先輩もそんな感じですか?と小さく訊ねると先輩は少し黙った後身動ぎ顔を上げた。


「そうだが。……俺は、少し違うな」


俺の顔の横に手をつきゆっくり身を起こした先輩は、そのまままた俺を見下ろす。さっきと同じ、真っ黒な瞳は吸い込まれそうに深くて。ポカンと見上げていると、力の抜けた腕からスルリと抜け出された。温もりを失った腕を下ろし、瞬く。
そうだけど違うって、何だ?

ぼんやりしたまま掌を見詰めていれば帰るのが遅くなってしまったな、と声を掛け落ちていた手提げを渡してくる先輩。時計を見ればいつも帰る時間より針がだいぶ進んでいて、慌てて長居を謝り立ち上がった。


そうだけど、と言うならやきもちを妬かれたのは当たりなんだろう。でも違うとは。先輩のやきもちと俺のやきもち。どう違うんだろう。
先輩がラブレターを受けとる姿を思い浮かべた瞬間、焼けるような痛みを感じた胸を撫でて玄関先に立つ。ジッとした視線は肩に掛けた手提げに注がれている。そっちじゃなくてこっちを見てほしい、なんて事は言えず。モヤモヤする。けれどいつも通り頭に乗せられた掌の感触に少しだけほっとして部屋を出た。





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