酔っ払いの自由奇行

ざわめく構内。行き交う生徒に対応するスタッフ。並ぶ料理に流れる音楽。そのどれも明るく美しく賑やかで楽しそう、なのは良いが。


「多いね……」

「多過ぎだろ……」


隣でポツリと呟かれた言葉にげんなりと返す。
転入生騒動を終結させたあの集会から早一週間。後処理やら浮き足立った雰囲気やらが少し落ち着いてきた頃合いのとある夕刻。騒動終了を記念して、後新入生歓迎会の時の打ち上げも合わせた風紀の慰労会。……だった筈なのだけれど。一つの委員会が集まるにはあまりに多過ぎる人でごった返した構内を眺め回し、深く溜め息を吐いた。

メンバーが減ってしまった今。より委員内の結束を強める為のものだろうと思っていたこの会に、何故か他の委員会も終結しているこの理由。ズバリ副委員長だ。
「どうせなら今回大変だった人皆集めてパーっとやっちゃおうよ!」というふざけた思い付きから無駄に手際良く準備が進み。学園は先生方が何とかすると何だか意気込んでいたのでお任せして。進行とかも最初委員長がチョロッと挨拶するだけに留めて後は適当に。そうしてこの大所帯での立食会。因みにある意味主役と言える皆瀬達は気を使わせそうだと断られたらしい。
慰労に交流も兼ねて、というのは大事だと分かっていてもこの人数は如何なものか。人が多いとどうしてもいつもの癖で辺りを警戒してしまい微妙に堅苦しい。もう、風紀だけで適当に飯食うだけが良かったなー……。

ふー、と静かに息を吐き空になったグラスを返す。今日は仕事じゃないと何度頭で反駁してもこの数ヶ月ずっと気を張ってきた体はそう簡単に緩んでくれない。いっそどこか隅にでも行って壁の花にでもなっておこうか。となると吉里にも言っておかなければ。たぶん付いてくる気がする。

そう考えて隣のテーブルの料理を見に行った吉里へ歩み寄る。こういった華やかな料理は苦手だと言っていたが口に合うのは見付かっただろうか。渋い顔をしていたのを思い出し、笑いを耐えつつモクモクと食べている背中に声を掛けた。


「吉里ー。何食ってん、」

「んえ?」

「……だ?」


掛けた声に振り返った吉里の頭が横へガクリと傾く。ヘラリと崩れた表情はいつものようでいて、どこか違和感。何だとよくよく見てみるとほんのりと頬が赤く、また向けられた目が少し据わっているような気が……。


「え?どうした?何か……酔ってる?酒?」

「えー?いや、さすがにお酒は置いてないと思うけど……なんだろう?ふらふらはするかなぁ。酔ってるっぽい?」

「うん」


また逆に首を傾げた吉里に頷いて見せればぼんやりとした顔で飲み物の匂いを嗅ぎだす。その動作はやはり緩慢で気怠そうで。やはりお茶だと言う吉里は、しかしもう一度首を傾げた時揺らいだ頭の動きに顔を歪ませこめかみに手を当てた。


「確かに、へん、かも?……あー、マジでえーくらっとるごたんね……」

「もう何言ってっか分かんねぇし……。あー、水飲め水」

「んー。ありがとう、ございます」


近くのボーイからグラスを貰い吉里に持たせる。落とさないよう見張りながらついでにそのボーイへ飲み物や料理の内容について訊ねようとした時。後ろからそっちもか、と疲れた声が掛けられた。


「はい?東谷(あずまや)さん。……と?」

「……陶山(すやま)、さん?」

「……おー」

「おーっ。東雲と吉里じゃーん!ヤッホー」


聞き慣れた声に振り向けば、人混みを掻き分けこちらにやってきた風紀の先輩方。何だと力を抜き掛け、しかし見えた姿に二人固まる。片方は不機嫌に疲れを滲ませ、もう片方はやたらと上機嫌でハイテンション。……嫌な予感が。


「どうもワインゼリーのアルコールが飛び切っていなかったらしくてな。気付かずしこたま食った結果がこれ」

「あははははっ!ふたりともー。ちゃんとくってるかー?」

「すやませ、んぱい……だいじょうぶですか?」

「おー。陶山せんぱいはゲンキだよーっ」

「……ヤバいっすね」

「だろ……」


ケラケラ笑う相方の肘を掴んだ東谷さんが面倒そうに溜め息を吐く。酒乱なんかよりはマシだが何て言うか……。吉里は大人しくて、良かった。いつもよりポヤッとしてるけど割かししっかりしていて、マジで良かった。
自分の相方の酔い様に安心しつつ話を振り替える。ワインゼリー。成る程。確かに吉里の皿にも少し欠片が残っている。結構食っちゃった……、と気の抜けた声を溢しそれを見下ろした吉里は先程よりもっと酔いが回っている様子だ。これのせいか……ん?


「でも俺、おかしで酔うほど酒よわくないですよ?」

「だよな。結構キツいウイスキーボンボンとか平気で食ってたし」

「酒の種類によって酔いが変わる奴もいるからな。吉里はワインが駄目なんじゃないか?」

「なるほどー」


こちらの雑談へ相槌を打ちながら東谷さんはそこかしこに視線を飛ばす。ボーイには既に指示を出し、ゼリーの乗った皿は下げさせた。後は委員長へ連絡をしたいようだが電話も繋がらず、歩き回っても見付からないらしい。目撃証言では誰か探している様子だったとか。ではあちらも歩き回ったり電話したりしているのだろう。これは骨が折れそうだ。
結局仕事になるんだよなぁ、と諦め半分苦笑半分で手伝いを申し出ようとする、が。


「しかし二人に会えて良かったよ」

「え?何でですか?」


ふっ、と笑った東谷さんが向けた視線の先を追うと。


「吉里はだれにでもせんぱいなのかー」

「だれにでもじゃないですよ。せんぱいにだけですよー」

「そっかー。それもそーだなぁ」

「ですよー」


「…………」

「控え室に置いていこうとしても付いてくる癖にフラフラどこか行こうとするし誰彼絡むし。放置できないとはいえ、面倒を見るのいい加減面倒だったんだよな」

「……面倒増えてんすけど」


構内の隅っこで大人しくお喋りとはとても有難い状況だが。何だあのユルい会話。ニコニコご機嫌な陶山さんが色々話し掛けるのにのほほんと眠そうな顔で吉里が返す。酔っ払いに酔っ払いの面倒見せるって、どうなんだ。


「んあ?あれー?でも吉里っておれのこと『さん』付けでよんでなかったか?」

「え?……あれ?」

「んー。ま、いっか。せんぱいってなんかテンションあがるー。いやっふーっ」

「上げんな」

「吉里。頼むからいつも通りにしてくれ……」

「う、ん?あれ?……うん。はい」


ハテナを大量に飛ばす吉里の肩に手を置き項垂れる。少し離れた所からクスクスとした笑い声が聞こえてきて物凄く恥ずかしい。



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