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「ん、と。ごめん。俺喋り過ぎだね。五月蝿かった?先輩の話って人にあんまりできんけんつい。本当は誰かにもっと自慢したりしたくてさ。もっと、先輩凄いんだぞ、格好良かつぞ、みたいな、っむぐ」
「ん、と。ごめん。俺喋り過ぎだね。五月蝿かった?先輩の話って人にはあんまりできないからつい。本当は誰かにもっと自慢したりしたくてさ。もっと、先輩凄いんだぞ、格好良いんだぞ、みたいな、っむぐ」


また口を塞がれて、謝る。普段話せない分一度口にすると止まらないようだ。もう長話はしないと伝えて撫でる作業に戻った。
顎の下から頭の後ろ、背中へと撫でる範囲を広げつつポツポツ短く話し掛ける。鳴きもせず唸りもせず、ただただされるがまま。そのあまりの大人しさに逆に不安になってきた。


「本当に良い子ね。犬て直ぐ顔とかべろべろ舐めてくるもんて思いよった。よっぽどちゃんと躾されとるとだろね」
「本当に良い子ね。犬って直ぐ顔とかべろべろ舐めてくるものだと思ってた。よっぽどちゃんと躾されてるんだろうね」

「…………」

「ばってん、もっと甘えて良かとよ?」
「でも、もっと甘えて良いんだよ?」


駄目と言われているのかな?と訊ねれば犬は何か考えるように視線を宙に投げる。妙に人間くさい仕草だな、と笑いを耐えていると、そっと鼻先を掌に押し付けられた。スリッと懐く動きに口が緩む。ふふふー、と機嫌良く笑みを溢しわしゃわしゃ撫でまくるとチラリとこちらを見た犬が尻尾をふさりと揺らし目を細めた。
真っ黒な毛並みと穏やかに澄んだ瞳。それはなんだかいつも身近に感じるものを彷彿させ。


「先輩によう似とるね」
「先輩によく似てるね」


ポツリと呟き乱れた毛を撫で戻しながら抱き付く。フワフワした感触が気持ち良い。身動ぎされて首に擦れる毛が擽ったいのも。ややあって仕方無い、みたいな呼吸音がするのも。先輩に抱き付いた時と似ている気がしてくる。触れていると落ち着くのも、本当にそっくり。
ピスピスという鼻息と尻尾が床を撫でる音。柔らかい抱き心地と温かい体温。それらにうっとりと微睡み掛け、ふと時計を見る。そしてハッとして頭を上げた。


「ばっ。やべ、飯んしこせんと」
「うわっ。やべ、飯の支度しないと」


確認した時計の針はいつも準備を始める時間を大幅に過ぎている。犬を構うのに夢中になり過ぎた。回していた腕を解き犬に向き直る。頬辺りに両手を添えると黒い瞳がパチリと瞬いた。その様子が可愛くて、クスリと笑う。そうして少しだけ伸び上がって顔を近付けた。


「ちょっと待っとってね」
「ちょっと待っててね」

「!!」


鼻の頭にチョン、と口を付けて立ち上がる。そして急いで台所へ駆けていった。


手を洗い、エプロンを付け大急ぎで晩飯の準備をする。材料を粗方切り終えたところでそういえば犬はどうしようという考えが浮かんだ。
何か食べさせて良いのかな、と様子を見る為リビングをひょいと覗くと、ソファの脇に黒いものが。でもそれはさっきの犬ではなく。犬がいた筈のその場所で、先輩が立てた片膝に腕を乗せその上に額を押し付け項垂れていた。


「あ、先輩。おかえりなさい。お仕事だったんですか?」

「……あぁ」

「お疲れ様です……ってあれ?犬は……?」

「っ」


いつの間に、と驚きつつ、何だか凄く疲れている様子に心配になる。しかしそれより先に見当たらない犬の姿に戸惑った。部屋中見回してもあのふさふさとした毛並みがいない。どうしたのだろうと訊ねる前に、少し頭を上げた先輩が口を開いた。


「犬は預かっていたものでさっき飼い主が迎えに来たから返したペットの持ち込みは違反だからもう来ないだろう世話を掛けてすまなかったなそして悪いがこれは他言しないようにしてくれ」

「え。あ、そう、なんですか……?」


一息に早口で捲し立てられてたじろぐ。何だろう、何か用意していた話を並べて言われたようなそんな感覚。でもそう言うならそうなんだろうし、嘘だったとしてもそれで納得しなければならないんだろうと追求を諦める。それ以上の話は聞かれたくなさそうだし。
あぁでも最後にもう一回撫でたかったな、と残念に思いながら首を傾げた。


「先輩の犬じゃなかったんですね」

「あぁ、違う」

「似てたんですけどね」


見た目も雰囲気も。飼い主に似たんだろうと思っていたのに違うとは。先輩の話をしまくっていた俺の間抜けさが益々際立つじゃないか。なんて恥ずかしく思いながら話を続けた。


「あんまり先輩に似てるものだから、先輩が犬になったのかと思っちゃいましたよ」


笑いながらそんな冗談を言ったら、先輩の肩が大きく揺れた。ん?と気になって近寄ろうと足を踏み出す。俯いていて分かり難いが僅かに見える先輩の顔は心無しか赤い気がして。何かあったのかと前にしゃがみ両手を伸ばす。頬に添えて体温を確認しようとした手は、両方ともガシッと掴まれ止まった。驚く俺に先輩はしまったという表情を浮かべて固まる。そんな先輩の所作にふと犬を見付けた瞬間の顔が過った。無言で見詰めあって暫し。先輩は小さく呻いて顔を隠した。


「……あのな、吉里。頼むから……」

「うぁ、はいっ」

「…………人でも、動物相手でも。スキンシップは、程々に、しなさい」

「……はい」


絞り出すかのような声色には何だか凄く気持ちが籠っていて。こちらもつい神妙に返事をする。飼い主の方針的に撫でまくったり甘やかしたりするのは良くなかったのか?それで先輩怒られて落ち込んでいてたり……と聞いてみたけれどそれはないと言われて安心した。

それでも一応謝り、手を離してまた顔を伏せてしまった先輩の頭を見詰める。黒く艶やかな髪はサラリと綺麗で。やっぱり似ているんだけどなぁ、と思いながら撫でたがる手を膝の上でキュッと握り締めた。





無口な犬




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