無口な犬

「あれ?靴がある」


鍵を開け、ササッと入って一息吐いた玄関に置かれた革の靴。俺のより一回り大きなそれは見慣れた先輩の物で。今日は早かったんだなぁ、と思いながら自分の靴を隣に並べ部屋に上がる。早いならまた一緒に飯を作ったりできるかな。何にしよう。
そうワクワクしながらお邪魔します、と挨拶をしたが返事が無い。


「せんぱーい?」


入ったリビングはシンとしていて、誰もいない。ひょっとして寝ているのか?
寝室を確かめようと手提げを置き近寄る。ノックに返事は無く、珍しく開いていたドアの隙間から中を覗いても誰もいない。靴はあったのになー、と思いながら手提げの方へ戻る。と、その途中で目の端に何か黒い物が動いた気がしてギクリと足を止めた。え、まさかゴ…………。

いや、たぶん見間違いか悪くて鼠!と嫌な汗を掻きながら逃げたいけど見逃せないとそちらへ忍び寄る。と、何かが動く気配。意を決し、追ってソファに乗り上がり裏を覗き込む。あ、武器取ってから行けば良かった、と考えたのは一瞬。目に飛び込んできた予想以上に大きく真っ黒な塊と目の合った俺は、思わずパカッと口を開いて呟いた。


「え……犬?」

「…………」


見付かってしまった、と言いたそうに僅か目を眇めたその塊は太い尻尾の位置をゆっくり変えて座り直す。三角の尖った耳。突き出た鼻先。ふさふさとした毛皮。うん。犬だ。犬……なんで?
取り敢えずソファから降りその前に回り込む。観念したかのような表情で座り込んだ犬はその間も動かずジッと俺を見上げてきた。


「先輩の飼っとらす犬とかね……」
「先輩が飼ってる犬なのかな……」


玄関は鍵掛かっていたし。それに普通に考えて迷い犬が寮の部屋に入り込む訳ないし。でも、いつどうやって、そして何故居るのか。
うーん、と唸りながら考えるが分からない。テーブルに置き手紙とかも無いし。電話を、と思ったが人のいる所にいたら俺の電話出られないだろうし。隊長さんも同じく。となると打つ手が無く。どうしようもねぇ、と肩を落とし、取り敢えずしゃがんで話し掛けた。


「えーっと、ご主人は今出掛けとらすとかな?」
「えーっと、ご主人は今出掛けてるのかな?」

「…………」

「分からんよね〜」
「分かんないよね〜」


あはははは、と乾いた笑いを上げて頭を掻く。通じる訳無いのに犬相手に何聞いてんだ俺。
そんな俺をただ静かに見詰める犬。その態度からは不審さや警戒心等を感じず不思議に思う。犬って初対面の相手にここまでノーリアクションなものだっけ。
疑問を浮かべながらも吠えられない事に安堵して更に話し掛けた。


「大人しかね〜」
「大人しいね〜」

「…………」

「触っても良か?」
「触っても良い?」


首を傾げて手の甲を近付ける。釣られたように匂いを嗅ぐのを眺め、顎の下を擽った。驚いたように少し引かれたが嫌がる様子はない。ちょっとずつ手を伸ばし、もう片方の手も目の前に翳して下からそうっと頬に触れた。


「おぉ……サラッサラ。流石」


見た目の通り指通りの良い毛並みに感動する。やっぱり美容院とか、そんなのに通っていたりするのかな。すげぇな。何犬なんだろう。もふっとしていて真っ黒で顔はシュッとしていて。手足は結構がっしりしている。そしてデカイ。膝立ちした俺よりデカイ。チラッと見えた歯は鋭いし、噛まれたら死ぬかなこれ。うーん。
あんまり犬種知らないから分かんないやー、と速攻で考えを放棄して撫でながら口を動かした。


「ハンサムで良かね〜」
「ハンサムで良いね〜」

「…………」

「俺、君のご主人様の後輩でね、よく上がらせてもらっとると。よろしくね」
「俺、君のご主人様の後輩でね、よく上がらせてもらってるんだ。よろしくね」

「…………」

「先輩どけ行かしたんだろか。早よ帰ってきてほしかね〜。また何か仕事でんこらしたっだろか。あんま無理せんでほしかとばってんねぇ」
「先輩どこに行ったんだろ。早く帰ってきてほしいね。また何か仕事でも来たのかな。あんまり無理しないでほしいんだけどねぇ」


「…………」

「あ、先輩ね。生徒会長ばしとって忙ししとらすと。なんでんできらすけん頼らとらして。そっは凄かとだけど、ちょっと心配ったい」
「あ、先輩はね。生徒会長をしてて忙しくしてるの。何でもできるから頼られてて。それは凄いんだけど、ちょっと心配なんだよね」


今頃書類に追われているのか突然会議でも入ったのか。忙しなく働いているだろう先輩の姿を思い浮かべて溜め息を吐く。帰ってきたのなら断れば良いだろうにいっそ呆れてしまう。あぁ、だけれども。


「たまにしか見れんけど。先輩、仕事しよらすと格好良かったいねぇ。キリッとしとらすしテキパキ動かすし」
「たまにしか見れないけど。先輩、仕事してるとこ格好良いんだよねぇ。キリッとしてるしテキパキ動いてるし」

「…………、」

「あ、勿論仕事ん時以外も格好良かつよ?いつも、……んむっ」
「あ、勿論仕事の時以外も格好良いんだよ?いつも、……んむっ」


話の途中、口を塞がれパチパチと瞬く。ポン、と口に手を添えてきた犬は斜め下を見詰めて項垂れていた。



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