気付きたくない想い

シャクシャクと溶かれる粉末の音を聴きながらピンと張り詰めた座敷で背筋を意識して伸ばす。差し出された碗を手に取り、前髪越しに見える鋭い眼光に冷や汗を掻きながら口を付けた。


「正座キッツいわぁ……」

「大丈夫?」

「だいじょばない……」

「みじゅくものー」

「うっせー」


厳格な空気に満ちた部屋から一歩出、襖で隔てられた外は逆に緩みきった雰囲気で疲れ果てたクラスメイト達が思い思いに休んでいる。そんな中で、足の痺れに悶絶する怜司君の背を苦笑しながら擦った。

週に一度、社会に出る為の学習として行われる行儀見習いの時間。前期は日本式をやってきたのだけれど今回は夏休み前最後のお茶の試験だった。
厳しい先生の指導の元、どうにか終了しての休憩。怜司君は何度もやり直しをさせられたせいでもう起き上がれないようだ。呆れた葵君につつかれても泣き言を言って伏せている。二人の様子にこっそり笑いながら、見事な庭を眺め溜め息を吐いた。

まさか自分がお茶なんて習う事になるとは思わなかったけれど中々勉強になった。マナーとか知らない事だらけで為になるし面白いと思う。でも。加えて美術品とかの知識も付けなければいけないのが辛い。屏風にお花に服の染め。何でもかんでも高いんだろうなと思いはしても価値まではサッパリ。そんな状態で使っていた碗の価値を聞かされて、思わずヒェッと悲鳴を上げてしまい他のクラスメイトからも笑われて凄く恥ずかしかった。

思い出した恥ずかしさに首を振って見た先で再試験待ちの人に教える雅己君の背中が見えた。後ろ姿でも分かる程、座する雅己君の動作は綺麗でとても堂に入っている。その振る舞いに彼の従兄であるあの人の事を思い出していると、呻くのを止めた怜司君がムックリと起き上がった。


「はーあー。やっぱオレこの時間キライ。お抹茶もどーにもあわん」

「抹茶オレはすきなのに?」

「アレは甘いじゃん」


首を傾げた葵君に怜司君はブー、と口を尖らせる。なかなか気分が上がらない様子に頂いた豆落雁を一つ差し出すとパッと顔を輝かせて口を開いた。食い気はあるのか。吹き出すのを耐え何気無く放り込み、幸せそうな顔で頬張るのを眺める。俺は和菓子の方が苦手だけど、これは結構美味しいと思う。
俺も食べようと伸ばした手の袖を不意にクイッと引っ張られた。顔を上げると葵君が期待に満ちた目で口を開いている。取り敢えず、丁度摘まんだ桃色の落雁を入れてやった。それが癖になったのか。もう一個とねだる怜司君と、ぼくもとまた袖を引く葵君。それぞれの口へ交互にお菓子を放り入れながら何と無く実家の軒先にあった燕の巣を思い出した。
そうこうしている内にお菓子が無くなる。もうお仕舞い、と空の手を振ろうとした時。横からスイッと懐紙が伸ばされてきた。


「無くなったんならボクの上げるよ」

「僕のもどうぞ」

「え、あ、ありがとう」

「餌付け?」

「……みたいに見えるよね」


パラパラと落とされた金平糖を受け取り頭を下げる。……見られてたのか。うわぁ……。ひたすら二人にお菓子を上げる光景なんて絶対変だと思われただろう。
クスクスと笑いながら側に座ったクラスメイトの二人に怜司君達もお礼を言う。そのまままた食べさせるのは恥ずかしく、それぞれの懐紙に分けて渡した。二人とも不満げだけどもくもくと食べだす。何故かクラスメイトも残念そうなのは、本当に何でだ。
授業終了まではまだあると暫しの雑談。クラスメイトが怜司君によく合格できたね、と茶化したところで拗ねた怜司君がまた畳に寝転んだ。


「もーヤだ。オレやっぱ日本式の授業ニガテー」

「西洋式でも同じ事を言うんじゃないの?」

「ぐぅ……」

「エスコートの練習もあるしね。相手にも恥をかかせないようしっかりしなきゃだめだよ〜?」

「おぉう……」


ダメージを食らう怜司君の隣な俺も流れ弾。エスコート。エスコートかー……。できる気しねぇ。
うぅん、と首を傾げて唸る。そんな俺の隣で葵君が何やら深刻そうな顔をしているのに気付いた。


「葵君、どうかした?」

「……エスコート相手のほーがぼくよりおっきい子とばっかだから……なんか、やだ」

「あー……」

「え〜?イーじゃんそれくらい。僕は楽しみだなぁ」

「かっこよくなれるしね」


ニッコリ顔を見合わせた二人が葵君にほら、と言って手を伸ばす。


「手を伸ばすってだけの動作でも洗練されてれば普段冴えないヤツでも格好良く見えるし?小町もがんばればなんとかなるよ」

「吉里ちゃんもがんばれー」

「うーん……頑張る」


ね、と葵君に振ってみれば難しい顔をしながらも頷いた。頑張ると拳を握る姿に微笑ましさを感じていると急にニヤリと笑ったクラスメイトが人差し指を立て振った。


「パートナーになった人とスゴーク仲良くなれるかもよ?」

「恋とか芽生えたり?」


それは……別に要らないかなぁ。ニヤニヤ笑う二人に曖昧に笑って返せばリアクションが面白くないと抗議された。それについては謝って、だけどなぁ、と苦笑していると二人だけで話が盛り上がりだした。


「でもさぁ。そんなロマンスあるんなら、会長さまにエスコートしてもらいたいよね〜」

「僕も〜っ」

「あれぇ?お前は副会長の親衛隊じゃなかったっけ?」

「いーじゃん」


キャッキャとはしゃぐ二人をポカンと見詰める。一人は会長親衛隊でよく葵君と集会に連れ添って行っていたから分かるけど、もう一人は違わなかったか?
そう思った通り。怜司君の突っ込みに答えた一人が会長さま格好良いからね。浮気じゃないよ、と惚けてそっぽを向いた。他の親衛隊に入っていても会長が良いのかと驚いていると、怜司君がへぇ、と声を上げた。


「やっぱかいちょー人気だな」

「そーなの!スゴいよねぇ!」


会長の名前が出た途端、元気に声を上げた葵君が嬉しそうに手を合わせて微笑む。


「この前もね。しんえーたいいん、また増えたんだって」

「また?スゲーな」

「ねーっ」


相槌と共に体を傾げた葵君はふふふ、と誇らしげに胸を張った。
元から高かった人気が件の転入生騒動以来鰻登りに上昇してどんどんファンが増えているんだとか。他の親衛隊から鞍替えした人も少なくないってそういえば聞かされてたな。凄いな。流石だ先輩。


「とくに最近はねー。前よりかっこいいってゆわれてるの」

「前より?」

「うん。色っぽい?とかセクシー?とか、みんなゆってるー」


後物憂げとか?と疑問符だらけの羅列に怜司君が何だソレ、と呆れた顔をする。色っぽい。物憂げ。……そうなのか?そういうのよく分からんからなぁ。
姿を思い返してみてもピンとこない俺を見て兎に角格好良いのだと葵君が力説してくる。そんな背中にクラスメイトが笑って同意した。


「そうそ。会長さま格好良いよね〜」

「うん!」

「ふふ。小町はホントにあこがれーって感じだよね」

「ねぇ」

「?二人は違うの?」

「違わないけどー」

「どっちかってゆーと、ガチで恋してるファン多いからね。カイチョ」


へぇ、と口から漏れた相槌は何だか遠く、自分の声なのに他人のもののようだった。


「どーかした?」

「え。あ、うぅん。何でもないよ」


袖を引かれハッとすると葵君が心配そうに俺を見上げていた。いつの間にかぼうっとしていたらしい。頬を叩き気を取り直し疲れたのかと訊ねる怜司君にも大丈夫だと伝える。クラスメイトにまでからかい混じりの心配をされ気まずくなったところで試験を終えた人と先生が部屋に入ってきた。助けだと皆に注意を促して終了の挨拶に立ち上がる。
何でぼうっとしたのかなんて。俺もよく分からなかった。








二百万記念
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