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「今日の授業、貴之さんのお陰で一発で合格できました!」

「それは良かった」


帰ってきた先輩へいの一番にお礼を言うと頑張ったな、と微笑み褒めてくれた。昨晩、どうにも作法やルールに自信が無いと溢した俺に一からきちんと教えてくれた先輩に報いる為にも頑張った結果は中々に良好で。初めてにしては良くできていると褒められた。ただ、緊張し過ぎだとたしなめられてしまった事を告げると可笑しそうに笑われる。
慣れれば大丈夫だという声にそうだろうかと眉を下げながら支度終えたテーブルに着き、衣服を緩めた先輩と手を合わせ箸を取った。


「こっが終わったら次は西洋式だそうで……エスコートって難しかですか?」
(「これが終わったら次は西洋式だそうで……エスコートって難しいですか?」)


「そんなに悩む程のものじゃないよ」

「……あんまりあてにならん言葉ですね。貴之さんは、何と無くエスコート得意そうですし」

「そうでもないさ」


渋い顔で苦言を返せば涼しい顔で笑われる。如何にも余裕という表情。実際凄く得意なんだろう。先日隊長さんに誘われるがまま一緒に街中へ遊びに行った時それは遺憾無く発揮されていたと思う。諸事情で俺はその時女装をしていたのだけれど、それはもう完璧なエスコートで。ドアの開閉から人混みでのスペース作りとか歩く歩調を合わせたりとかは分かるにしても、荷物は全部持ったり階段では補佐したり終いには座るベンチにハンカチを敷くとか。兎に角大事に扱われている感が凄くて女の子ってこう接さなければならないのかと衝撃を受けた。や、あれはたぶんやり過ぎなんだろうけど。隊長さん呆れた顔していたし。
兎に角。教えてもらったところで同じ様にできる気がしない。あれは先輩みたいなイケメンがやるから様になるものであって、俺みたいな平凡野郎がやっても寒いだけにも思うし。
やー、しかしあれは女の子がされたらイチコロだろうな、なんて考えて。ふと、はしゃいでいたクラスメイト達の言葉が蘇った。


「……貴之さんって、本当に凄くモテるんですよねー」

「ん?」


ポロリと口から転がり出た言葉は小さかったけれどどこか棘を感じる声色で。言った自分が驚く。あれ?俺ただ感嘆して言ったつもりなのに。何で?
言われた相手以上に困惑する俺に先輩は少し悩んだ後言葉を濁して苦笑した。変な言葉への返しも俺の混乱も纏めてうやむやにして何て事無いよう食事に戻る。テーブルマナーも大変かもな、というからかいに唸りながら、胸の引っ掛かりを飲み込んだ。


食べ終えて後片付け。いつものように俺が皿を洗い、先輩が拭いて棚に仕舞う。お喋りをしながらの作業は洗い終える方が早く、俺も別の棚に手を伸ばしながら先輩を盗み見た。そうして、やはりこの人は格好良いんだと再確認する。
見た目もそうだし、性格だって優しい。それは誇らしい気分にさせる。……のだけれど。


とつりと胸に落ちた引っ掛かりがじわりと広がり嫌な気持ちを引き寄せてきた。
そうだよな。人気って、ファンって。憧れだけじゃなくて、恋心を持っている人も多いに決まってる。
相手は先輩なんだし。寧ろそういった気持ちの人ばかりでも可笑しくないんだ。親衛隊というのはそういったもの。それは散々風紀として何度も見てきたものだし、知っていた筈だった。なのに先輩の、会長の事に関しては現実感を持っていなかった、という事だろうか。
葵君も含めてあんまりそこまで熱のある人を見た事がなかったからかもしれない。それは単純に日和った頭がそこまで思考を広げていなかっただけの事。知らない所で知らない世界が広がっている。
先輩を、『恋愛』として好きな人は沢山いるんだ。


「どうした?」

「へっ?……あれ?」


問い掛けにハッと我に返る。ぼうっとしていたと謝ろうとして、自分が先輩のシャツの裾を掴んでいる事に気付き慌てて離した。


「さっきからどうしたんだ。何か言いたい事があるんじゃないか?」

「、……あの」

「何だ?」

「あー……いえ、何も」


モゴモゴと口隠りながらズリッと、何と無く、少しだけ離れる。何だかちょっと先輩の顔を見辛い。
モヤモヤとした変な気分を持て甘し、上手く消化できないでいる俺に、大きな手が伸びてきた。


「何も、じゃないだろう」

「……えーっと……」


二度も曖昧にはぐらかしたのがいけなかった。前髪を払った手がこめかみをなぞって頬を包み顔を上向かせる。触れる体温は温かく心地好い。それはいつもなら安心させてくれるのだけれど、そらすのを許さない視線が痛い。それに。何故だか少し、胸がきしんだ。
無言のまま待つ先輩の視線を瞼で遮り手の甲に指を添える。そして包む掌に頬を擦り付けるよう俯き、薄く口を開いた。


「……あんまり格好良くならんでください」
(「……あんまり格好良くならないでください」)


「うん?」

「なんでんなかです」
(「何でもないです」)


ボソッとした呟きが舌に残ったままボスリと顔を胸にぶつけやる。そしてそのまま背中に手を回し、ギュウッと力を込めた。
先輩がモテる事なんて知っていた筈だった。分かっているつもりだった。……つもりなだけだったんだなって、気付いただけなのに。何だかとてつもなくモヤモヤする。何か分からないけど、凄く嫌だ。
それが何なのか。どうしてそう思うのか。寂しさか僻みか。それと全く違う、何かか。考えようとして止める。それはきっと、突き詰めるものじゃない。


突然抱きついた事に驚いたのか固まっていた先輩がゆっくりと抱き締めてきた。さっきまで頬に当てられていた温かな掌が背中を優しく撫でる。その体温が与える幸福感を噛み締めがら、嫌な思考を押し込めた。





気付きたくない想い








二百万記念
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