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如何ともし難い気分でただ後をついて回るだけの時を過ごしていると、雑貨に甘味にと散々後輩を連れ回していた友人が急に土産を買ってくると言い後輩から離れた。あまりにも唐突な態度に訝しんで見ると向こうもこちらを見て嫌な笑みを浮かべる。困惑する後輩へ手をひらめかせた友人はこちらに近付き二の腕を叩くと声を低め耳打ちをしてきた。


「二人きりにしてやんだから感謝してよね」

「いきなり何だ。……余計な世話だ」

「何ってなんだよ。僕がまゆちゃんにベタベタするの見て不機嫌になってたクセに」


別に、そういうつもりはない。そう言い返しても訳知り顔な笑みを浮かべたままの友人は生返事をする。勘に障る笑顔へ文句を言い返そうとすれば態とらしく息を吐き出し片眉を吊り上げた。


「それにさぁ。今回は今までのツケって事で仕事全部他のに押し付けて出てこれたけど、こんな風に一緒に出かける機会なんてそうそうないよ?他の生徒の出先届けチェックして場所被らないようにすんのも面倒だし時間かかるしー。後の諸々についてだってあの風紀委員長に借り作るのヤでしょ」

「……そうだが」

「ま。何にせよ折角もぎ取った休みに誰も知らないやつしかいない外なんだからちったぁハメ外しな。じゃ、楽しんでね。デ・エ・ト」


蹴った脚から逃げるよう駆けた友人は舌を出し、後輩へ手を振って人混みの中へ紛れていった。元より計画していたのだろう。身のこなしは素早く背中はあっという間に見えなくなる。何がデートだ。ただ揶揄う為の材料ではないか。下らない。
頭痛に蟀谷を押さえ溜め息を吐く。とは言え、このまま二人棒立ちでいても仕方が無いと呆気に取られたままの後輩へ声を掛けた。


「疲れただろう。悪かったな、彼奴の我が儘に付き合わせて」

「………っ」


慌てた様子で横に首を振る後輩に苦笑して脇にある広場へ誘う。頷いて歩き出した後輩の歩調に合わせゆっくり進みながらの二人だけでの会話。それに高揚感を覚えるが、どことなく引っ掛かりがあった。何か言い表せないが妙な違和感がして落ち着かない。

感じる胸の中の蟠りに目を眇めると、不意に服を引かれて立ち止まる。どうしたのかと見下ろせば辺りを見回した後輩が軽くつま先立ち、声を潜めて耳打ちをしてきた。


「……俺よりも、貴之さんは大丈夫ですか?疲れてますよね。気分とか悪くなりました?」

「……いや、大丈夫だよ」


不機嫌さを体調の悪さと捉えられたようだ。自分が一番疲れているだろうに心配気に眉を下げる後輩へ気を使わせてしまったと反省する。本当かと小首を傾げ顔色を観察する後輩を安心させようと笑みを返し木陰へ足を進めた。

空いたベンチへ座らせ、横に自分も腰を下ろし一息吐く。緑の植えられた広場は噴水や散布される霧で涼やかな風が吹いている。他にも休む人の姿は見えるが疎らでそう近くには来る様子もない。それを確認した所で、膝を揃えスカートを押さえたまま可笑しな所はないかと体を見下ろす頭へ声を掛けた。


「靴擦れはしてないか?息苦しいとかもあったら言ってくれ」

「……大丈夫です。サイズとかもピッタリで結構動きやすいんですよ、これ」


声を気にしての行動だが、耳の傍へ顔を寄せて囁かれるのは居心地が悪い。喧騒から離れ落ち着いた事でよりはっきりとそう感じる。吐息混じりのいらえに添えられた掌。なるべく意識をしないようにしていても土台無理なもので。
近くに人はいないから小声で話すだけで良いだろうと伝え、離れて辺りを見回す後輩の温度に静かに力を抜く。後輩の気配に逆上せそうな中、微かに薫った香水の匂いだけは煩わしく思う頭を振って邪念を追い出そうとしていると、そう言えば、という声に気を引き戻された。


「貴之さんは眼鏡掛けてきたんですね。後、髪型もちょっと違います」

「あぁ。殆ど気休めな気もするがな」

「あー、はは……」


眉を下げた後輩が苦笑するのを横目に屈めていた腰を上げ息を吐く。下手に身を隠そうと手を加えると怪しさが出てしまうから変装という程の事はしない。結果、ある程度目立たない格好でいるのだがそれでも上背があるせいか、また騒がしい友人の忙しない言動もあってか、学園の外であっても好奇の視線には晒される。それは常日頃受けているものでも慣れる事は無い。
店を回っていた最中にも向けられていたそれらを思い出し思わず渋い顔をしていると、小さく笑った後輩が目を細めてこちらを見上げた。


「眼鏡掛けとるとなんかいつもより余計格好良かですもんね。貴之さん」
(「眼鏡掛けているとなんかいつもより余計格好良いですもんね。貴之さん」)


だから仕方無い、と肩を竦めながらもどこか誇らしげにも聞こえる声で言われ顔を背ける。他意は無い。今までも言われた事がある言葉だ。そう言い聞かせても一瞬強く跳ねた心臓は簡単には戻らず顔が熱くなる。
照れた俺に忍び笑った後輩は軽く伸びをして足をぶらつかせると楽しそうに笑ってまた話し掛けてきた。


「変装って初めてばってん面白かですね。俺なんか女装とに誰も男て気付かんもんとは。万里さんのメイク技術って凄かー」
(「変装って初めてだけど面白いですね。俺なんか女装なのに誰も男って気付かないものとは。万里さんのメイク技術って凄いー」)


「始めは嫌がっていたのに、楽しそうだな」

「あはは。いや、だってこうも気付かれないままだと本当に自分じゃない気がしてきて。今の俺は俺じゃなくて、別人の女の子なんだなって思うとちょっと不思議で楽しいです」


口許を隠して笑う後輩は言う通りこの短時間で別人になりきる事に慣れたらしく、その表情も普段と違って見える。それが何だか面白くなくて。つい眉を顰めれば、反対に後輩は可笑しそうに笑って立ち上がりスカートの端を摘まんで軽やかに一つ回って見せた。


「貴之さん。今日の私、可愛いですか?」

「いつもの方が可愛いよ」

「へ」








二百万記念
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