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溜め息を吐きながらの自分の返しにふと合点がいった。
どうやら俺は自分で思っていた以上に後輩と出掛ける事に浮かれていて、そして普段と違う姿でしか一緒にいられないのだという現実に落ち込んでいたらしい。
学園の外で、他に俺達の事をしる者はいない場所で。それでも用心して人目を気にしなければならないのは分かっていても、いつもの後輩と、街を歩きたかった。
気付いてしまえば友人の思い付き並みに馬鹿で幼稚な癇癪だ。こんな我儘による振る舞いで後輩の気を使わせていたのかと思うと申し訳無い。それに。友人の言う通り、折角できた出掛ける機会だ。デートなんてそんなものではないけれど、それでも後輩にも楽しんでもらう為にも気を切り替えねば。
目を伏せ髪を掻き上げ。気が静まったところで後輩へ視線を戻す。思案に耽ってしまった事を謝ろうとしたのだが、後輩はスカートを取り落とした体勢で真っ赤な顔をして固まっていた。


「どうした?」

「……え、へぁっ!?い、いえっ。何でん、……や、えと、せ、いや、と、う、っ、っ飲み物!買ってきますっ」

「は?……おい!」


何かあったのかと立ち上がろうとすれば声を潜めるのも忘れた様子で駆け出した後輩を慌てて追う。しかし意外に速く人波に飛び込んだ途端見失ってしまった。
いきなりどうしたのか、原因も気になるが何より先ずは彼を見付けなければ。鳴らしても出ないケータイを閉じて俺も人混みの中へ足を踏み入れた。


「あの〜、何かお探しですかぁ?」

「……いえ。大丈夫ですので」


後輩と回った中で飲料を売っている場所は何処だったかと記憶を辿りながら早足に進む最中、二人組の女性に声を掛けられる。会釈だけで通り過ぎようとしたのだが食い下がられ前に進めない。お茶でもどうかと誘う言葉を断っても退かない様子に内心舌打ちをしながら辺りを見回すと、今日一日見詰めていた花の髪飾りが目に止まった。
そこには自動販売機があった事を思い出し、取り敢えず見付けられて胸を撫で下ろす。しかしその前には、背の高い男が一人立ち塞がっていた。

広場での会話の通り、今日の道中は視線に晒される事が多かった。男女問わないそれは確かに俺や友人に集まっていたが、後輩にも多数向けられていた。友人にからかい混じりに指摘されても女性の嫉妬が向いているんだろうと気まずそうに笑った後輩。男に見られているとは言われても信じもしない。女らしく振る舞って見せたくせにそこは普段と変わらず無頓着だった事を思い出しながら苛立つままに前の女性を押し退け近付いた。


「もー。何も言わないんじゃ分かんないし。ほら、ね。遊びいこう?」

「!……っ、」


狭まる距離に段々と会話が聞こえてきた。予想通りナンパな誘い文句を口にする男へ後輩は首を振り、手振りも使って拒否をする。その頑なな態度に痺れを切らした男が伸ばした手を払い、強張る肩を抱き寄せた。


「連れに何か」

「あぁ?なん…………え、あ、いえ」


威勢良く向けられた睨みへ嫌悪の眼差しを送ると途端色を無くした顔で引いた男から後輩を背に隠す。しどろもどろに意味も無く謝った男へ目を眇めやると萎縮したまま去っていった。姿が見えなくなると背後で気の抜けたの溜め息と共に何か喋ろうとする気配がする。さっきの二人組が何か言っているのが聞こえたが、全てを無視して固い手を引きその場を後にした。











「一人になるんじゃない」

「すみません……」


黙々と歩き、先程の広場が見えた所で口を開く。視界の端で見えた後輩は項垂れ、肩は頼りなく落ちほどけた髪が垂れた。口調が厳しくなってしまった事を苦々しく思いつつ、道の端に寄り足を止めた。


「……大丈夫だったか?」

「、はい。ありがとうございました」


小声で礼を言いお辞儀をしようとした後輩を制する。そして戸惑いの表情を浮かべる後輩にこちらから謝罪を述べた。


「俺も、悪かった。何か気に障る事を言ったかやったんだろう?」

「え。い、いえっ違います。……ちょっと、恥ずかしくなっただけで」


恥じ入る事など何かあったかと首を傾げる俺に後輩は口をまごつかせ視線をさ迷わせる。答えを待つ俺に唸った後輩は、瞑った目を開きしっかりこちらに見ると袖を引き耳へ顔を寄せてきた。


「……落ち着いて、戻ったら。俺も、いつもの貴之さんの方が格好良かて言い返そうと思っとったとばってん。今のも、どっちも、やっぱり先輩は格好良かです」
(「……落ち着いて、戻ったら。俺も、いつもの貴之さんの方が格好良いって言い返そうと思ってたんですけど。今のも、どっちも、やっぱり先輩は格好良いです」)


「…………」


淡く染まった頬を緩めて照れたように微笑んだ後輩の表情は、確かに少女のようだがいつもの彼で。
動揺を噛み殺しまた礼を告げる後輩にろくな返事をできないでいると、広場の方から友人の声が聞こえてきた。


「あー、いた。どこ行ってもイーけど返信くらいはしてよ……ってハメを外せとは言ったけどねぇ」


駆け寄ってきた友人が数歩先で立ち止まり呆れた顔で腕を組んだ。


「やっぱりその格好させてよかったよ。……感謝してよねーホント」

「?」

「……え?無意識?」


半目で睨む友人を胡乱に見返す。益々呆れたように顔を顰めた友人はへーえー?等と間延びした声を上げた後鼻を鳴らして手を振った。


「はいはい。だったらそれでもーいーから。そのまま行くよ」

「…………あ」


小さく呟いた後輩と同時に友人が何を言わんとしていたのか気付く。あの場から離れる為引いていた手を繋いだままだった。
気付いてしまえばその体温をどうしようもなく意識してしまい、直ぐ様手を離そうとしたのだが。
繋がれていた手へ控えめに、ほんの少しだけ、力が込められる。衝撃に息を止める間にそっと力が緩められるのを感じ、咄嗟に強く握り返した。


「っ、え?あ……」

「、万里。この後はどうするつもりでいるんだ」

「……そーさねぇ」


一歩遅れる後輩の手を引き何食わぬ顔で次の予定を訊ねる。片眉を上げた後嫌ににやついた笑みを浮かべた友人に一瞥だけやり前を見て進んだ。

この格好をした後輩ならば、例えこんな行動をしてしまったとしても男女として見られ特に気に止められない。そう企んで実行したのは友人だ。だったらそれを利用しても、構わないだろう。
それにまたさっきのようにはぐれてしまってはいけない。また変な輩に目を付けられたら敵わないから。
色々言い訳をしても、やっているのは馬鹿な事。しかし今だけだから。今日の一時だけだから。それを免罪符に繋いだ掌の温度を慈しむ。
姿形が変わっていても、後輩というに変わりはない。そんな当たり前な事も最初は頭に無かったものだけれど。


戸惑い勝ちに小走りだった足音が横に並んで。繋いだ手はお互いに力を込めていて。横目で見た表情は化粧とは別に赤らみ綻んで。そんな様子に満たされる。
目が合い微笑んだ後輩は、今日も可愛らしいと。ただ素直に笑い返した。





装い改めあるがまま








二百万記念
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