装い改めあるがまま
「ぃよっし。じゃあ、デートしよう」
始まりは、そう。そんなふざけた友人の一言。
雨は感じさせない程度に湿った風が吹く晴天の日。頃合いを見て入った店内で腕に付けた時計を確認する。指定の時刻を指そうとする針の動きに眉を顰めた。
先の、友人の台詞の対象は俺でない。有り得ない。例えば冗談で言ったのだとしてもそれに態々付き合う気も無い。だが現在その時友人が指定した集合場所にいる理由は、言われたのが後輩だったから。馬鹿馬鹿しい思い付きに巻き込まれ有無を言わさず約束を取り付けられた後輩が哀れだったから、である。
そもそも何故あの様な言葉が出たのか。理由はまた下らなく、後輩が従弟や友人達とまた泊まりや出掛ける約束をしたのが羨ましかった、などというものだ。アンタも来る?などとにやついた顔で言われた時は跳ね退けてしまいたかったが。デートというのは言葉の綾にしても後輩と二人で出掛けさせるのは気に食わず。思惑に乗せられていると分かっていながらも了承しての当日。
友人が遅れているのは珍しくはあるが構わない。けれど後輩もまだ来ないのは何かあったのか。地理に詳しくないのは分かっているから迷えば連絡をするよう言ってあるというのに。
落ち着き無く時計を見詰め、電話をしようとポケットへ手を入れた時。背後から暢気な声が近付いてきた。
「お、いたいた。タカー。待たせてごめ〜ん」
「お前はどれだけ待たせ…………悠真?」
「…………はい」
「お。さっすがすぐ分かったか〜。かっわいーでしょ。僕の自信作です!ほら、褒めろ」
得意気な声で話す友人を他所にその隣の存在を見上げて言葉を失う。名前に反応し、返事をしたからには後輩に間違いない。だがしかし。
「……万里。これはどういう事だ」
「ちょっと。第一声それ?ヒトの話聞いてる?」
「それはこちらの台詞だ」
低く問いながら睨みつければ鼻を鳴らした友人は腰に手を当て呆れ顔で指を突き立てた。
「休日の街中だよー?どこで誰の目があるかわかんないんだから変装は当たり前でしょ。アンタもしてんじゃん」
「変装については分かるが何故、女の格好をさせた」
「似合うと思ったから」
えぇ……、と呟いた人物が口を引き攣らせて身を引く。その際、緩く結わえられた長い髪が柔らかく揺れた。
友人の隣に立つ人物。それは後輩に違いない。けれどその装束は、今口にした通り女の物だった。華美でなく、露出も少ないが如何にも友人好みな可愛らしい系統のワンピースにレースのカーディガン。髪は勿論の事、泳ぐ目元の睫毛も常より長く線が濃い上頬にもうっすら紅が差してある。面差しは残っているが薄く施された化粧や格好のせいで全体的に雰囲気も変わっていた。
変装と言うには成功であろう変化。しかし来て間も無いというのに既に疲れた様子の後輩に眉間に皺が寄り、剣呑とした俺に対して友人はどこまでもあっけらかんとした口調で説明しだした。
「だーかーらぁ。もう。この子と僕らが一緒にいるのバレたら面倒なのわかってるでしょ?何がなんでもバレないよーにする為には、こんくらいあり得ないカッコさせとかなきゃあ。でしょ?」
もっともらしい理由を述べているがその裏に自分が楽しいから、というふざけた思考が入っているのは分かっている。それを指摘しようと口を開く前に、後輩が意を決した様子で友人に向き直った。
「万里さん。せめて、スカートはちょっと……」
「ダーメ。スカートの方が良いの。足元気になるから自然と歩き方もちゃんと女の子らしくなろうとするでしょ?女の子らしくを意識できる様にって選んだんだから」
「あぁ……うん?そもそも女装である意味は無いですよね?」
「男ばっかじゃつまんないじゃん。どうせなら可愛くした子連れて回りたいの」
「着飾ったところで男ばかりな事に変わりはないのですが」
「そこは気分の問題よ?」
後輩が何を言っても取り付く島も無い。その後もいくつか抵抗していたが、頭を押さえた後輩はもう説得を諦めたように肩を落とした。
「……変ですよね」
「いや、……可笑しくは、ない」
弱りきった顔で自嘲する後輩に咄嗟に否定して返した。体のラインが分かりにくい服な上喉元や手首といった性別の違いが出る箇所は飾りで隠されている。自信なさげな態度でいる様は控えめな印象を与えているし、……似合わなくもない。
つい頭の先から爪先までを観察して出した答えは言えず。何故か申し訳無さそうに謝る後輩の、唇の赤みから目をそらした。
「気になるならピシッと!女の子って感じで行動すれば気付かれないから」
「ピシッと……」
「そう。足は開かない。動きはたおやかに。あと声は高めで。ゴー」
「、こ、コレでイいですカ……良くないですね」
「いや、イーよイーよ。自信持って」
「や、声は特に、無いですね」
後輩の状態に次第に業を煮やしたのか声を張り上げた友人に従い足元を正し返事をした後輩は口を押さえ俯いた。オカマみたいだと項垂れる姿にフォローはしてやりたいが、確かにあまり女性らしい声とは言い難い。
そのままでも大丈夫だろう、と伝えてはみたが格好には合わないと悩む後輩に友人が口を尖らせ拳を握った。
「もう!せっかく僕が可愛くしたんだから自信もってよ!てゆーか僕が可愛いってゆーんだから可愛いの!イイっ?」
「う……は、い」
「ちなみに僕は?」
「え。えっと、格好良い……です」
「ふふーん。ありがと」
満足そうな友人が勝ち誇った顔でこちらを見てきた。それを忌々しく思うが、俺もそういった格好が良かったと溢す後輩が不憫で肩を叩こうと手を上げ、結局置けずに下ろすと柏手の乾いた音がした。
「さぁて。じゃ、行こっか。まゆちゃん」
まさかその名前を使いたいからこの様な格好をさせた訳じゃないだろうな。
睨んでみても涼しい顔の友人は後輩を呼び寄せ店主に声だけ掛けた後ベルを鳴らし外へ出る。あっという間に置き去りにした友人へ悪態を付きながら俺も一言言い添えて扉を開いた。
店を出て二人が並び話す後ろを歩く。時折友人が仕草に口を出すようで、次第にぎこちなくも少女らしく淑やかな所作をするようになる。二、三件程店を冷やかし終えた頃には髪に差された赤い花飾りがよく似合う位に自然な表情をするようになった。
周囲に変装がバレないに越したことはない。後輩の適応力の高さにも感心する。だが。面白くない。
睦まじげに語り笑う二人を、そんな苦い思いで眺めながら溜め息を吐いた。