冗談って?

「お前さぁ。同性愛ってどう思う?」

「へっ!?え……あっ。こっ、個人のっ、自由じゃ、ね、の。俺、はっ、い、良いと思うっけ、ドっ?」

「そっかー」

「ど、どしたんだよ、急にっ」

「いやさぁ。昨日男からコクられてさ。どうしようかなって」

「……へっ」

「そっかー……」





「じゃあ試しに付き合ってみよっかなーってザケんなボケー!!」

「軽いな」


壁越しにばか騒ぎが聞こえる飲み屋個室の一角。机にグラスを叩き付けて泣き叫ぶ俺の前で、長身の男が落ち着いた相槌を打つ。普段なら聞くだけで怒りも消沈しそうな低い響きも、激しい嘆きの前には焼け石に水。更なる苛立ちを込め続きを吐き捨て続ける。


「そうだよ!軽いよって俺もツッコンで止めようとしたんですよ!でも、まぁ可愛いから良いかなってヘラヘラヘラヘラっ!だから!……っ」

「うん」

「っ……う、冗談っ、ぽく。俺が告ってきても付き合うのか、……って聞いてみたんすよ」

「あぁ」

「したらマジで冗談みたいなノリでお前はねぇよ、って……なんだよ爆笑しやがってチクショーっ!」

「ふぅん」

「興味無さそうにしないでください!」


空返事に視線を向ければ唐揚げにレモンを絞ったばかりの指を舐めた男が酸っぱそうに顔を顰めていた。人が真剣に話していると言うのに、この男はたまにこうして俺の話を聞き流す。確かにこんな話あまり聞きたくない物だってのは分かってはいる。が、せめてちょっとくらい聞く体勢は取っていてほしい。
そう主張してもはいはいと軽くいなされるだけで。こちらとの温度差にムッと口を尖らせ下から睨み付けた。


「そんなにつれない態度ばっかだと、帰り交番の前でパパ〜って呼んで飛び付きますよ」

「援交容疑か。高校生でこんなブチャムクレた男に手を出したなんて、どう噂されるんだろうな」

「ブチャムクレって何だ!俺だって……っ、そりゃ、可愛くはないけどっ愛嬌くらいはあるんですからね!」

「自分で言うな」


鼻で笑わって言われジロッと睨むが怒るよりへこむ。だからテーブルの上に被さるよう伏せて、いじけた気持ちを態度で示してみた。けどやっぱり反応は特に無くただただ虚しいばかり。もう諦めた、と冷えたテーブルに頬をくっ付けて、カッカする熱を冷まして力を抜いた。

遠くの賑やかな喧騒が五月蝿く、羨ましく。楽しそうで良いな、と浮かんだ言葉は皮肉なのか本心なのか、どっちもか。
静かになった俺らの部屋では対面の男が黙々と食事を進める。いつもならそろそろ何か食えとか言ってくるのにそれもない。何も言われないのは寂しくもあり、ほっとするものでもあり、やっぱりどっちも。今は少し落ち着く方に比重がある。

でも黙っているといらない事ばかりが湧いて頭をいっぱいにしてくるから苦しい。脇のグラスで溶けた氷がカランと崩れる音に、言葉がポツリと零れ出た。


「……あんないい加減な男なのになんでモテんのかなぁ」

「そんないい加減な男が、好きなんだろう?」

「……そーだな。いい加減でも、」


好きなんだよなぁ、と腕に額を押し付けて呟く。そして腹からグッと押し寄せる叫びたい感情を飲み込み湿っぽくなった鼻を啜る。すると、頭に何かが乗って髪を掻き混ぜられた。
武骨で大きな感触が、慣れないみたいな動きで頭を撫でる。何とも不器用な手で、撫でられ慣れていない俺もむず痒い気持ちで何とも言えなかった。


この男と出会ったのは、中学の時だったか。昔からずっと好きだった幼馴染みに初めて彼女ができた日だ。
いつかそんな日がくると分かっていたし平気だと思っていた。なのに嬉しそうに報告されて、全然大丈夫じゃないと現実に打ちのめされて。茫然としたまま気が付けばフラフラ街を彷徨いていたらしい。
そんな俺を足取りが怪しいとこの男が呼び止めて、話し掛けられた事で張っていた緊張が切れて大泣きしてしまって。仕方無さバリバリながらも慰められて、泣き止んで別れてその日は終わり。通りすがりに優しい人もいたもんだと思っただけだった。
でも、その後も同じ様に幼馴染みの事で辛くなった日に同じ様に街をフラフラしていたらバッタリあって。顔見て泣いて慰められて。そんな事を何度か繰り返して気が付いたら何かあったら直ぐ会うようになっていた、そんな人。

男に失恋し続ける俺の相手をしてくれるなんて、どんなお人好しか奇特な人だと思えばただの暇潰しと言われ脱力して数年。面倒だなと言われたり茶化されたりしながら話を聞いてくれている。
そろそろ迷惑だろうし不毛だから俺もいい加減懲りるか諦めかすれば良いのに、結局この男にまた頼っていた。


――諦める。諦めれば、良いんだろうけれど……な。
頭は良いけど馬鹿ばっかりして。変な事やって先生に怒られたりもするけどスポーツしている時は格好良いと思わなくもない。ふざけていてもやる時はやったり。たまに優しい事もある。メールとかラインとかしょっちゅうしてきて今もたまに横で鳴ってて五月蝿い。辛くて離れたくてもヘラヘラ笑って絡んできてウザいけど嬉しくて。……何でかどうして好きなんだ。仕方無いんだ、そうでしょう?







二百万記念
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