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ブツブツそんな事をテーブルに向けて呟いて、最後に顔を上げて同意を求めれば春巻きを飲み込んだ男が嫌そうに顔を顰めた。


「飲んでもいないのによくそう管を巻けるな」

「うっせーです。飲んべえが相手にケチ付けないでくだ……ってあれ?今日そんな飲んでないな」


いつも飲み過ぎだろってくらいビールでも焼酎でも頼んで飲んで食ってってしているのに。それに、そろそろからかいとか手厳しい突っ込みとかされる頃合いなのにそれも無い。
不思議に思い首を傾げて男を見れば眇めた目をそらされた。


「気分じゃない」

「疲れてんの?」

「……そうでもないさ」


言いながらジョッキを煽り空にしてコールボタンを押す。少し雑な仕草に驚きつつ、ちょっと考えて俺も手元のメニューを引き寄せた。


「じゃー、俺のと合わせて発散っつー事で、乾杯しましょ」

「一緒にされたくはないな」

「いーじゃんいーじゃん」


吐かれた溜め息を努めて明るく高くした声に被せて遮る。訝しげにチロリと向けられた視線へニッと笑って見せた。


「一応心配してんですー。何だかんだ世話になってるし、あんたが元気ないと俺も調子狂うし」

「お前はいつも調子悪いだろう」

「……そーだけどな。うん……。いや、まぁ取り敢えずお疲れ様」

「どうも」


無理矢理上げた口角は果たしてちゃんと笑顔に見えただろうか。返された笑顔が微妙にぎこちなかったからたぶん失敗したんだろうな。指摘ではなく短いお礼を男が言った所で店員がやってきて意識をそっちに向けた。


運ばれてきた料理を食べつつまたちょいちょい愚痴も混ぜて。勘定はいつも通りいつか出世払いしろと全部払ってもらっちゃって。店を出て駅へ向かう。乗る駅は一緒でも行く方向が逆だからそこでお別れだ。二時間振りに見たスマホの画面は通知がいっぱいで。ムシャクシャして今忙しいとだけ送ってポケットに突っ込む。そうして駅まで後少し、という所で男がポソリと小さく訊ねてきた。


「それで?できたか?発散」

「……どうだろ。今回は、男。だからなぁ」


はぁ、と吐いた息が白い。
幼馴染みに彼女ができる度にこの人に頼って愚痴って、それで無理矢理気を取り直してきた。仕方無いと。俺もあいつも男で、望みなんて無いんだからと。でも、今日それは崩れてしまった。


「マジで完全に失恋しちゃって。ははっ。どーしよ」

「新しい恋に生きる、とか?」

「今更。誰にすりゃ良いんですか」


長年。それはもうずっと、小さな頃から好きだったんだ。他の誰かなんて好きになった事ないからそう想えるか分からない。何より、この想いを忘れられる気がしない。
俯いて前後に動くスニーカーを見詰めていたら、隣からポンッと言葉が投げられた。


「俺とか」

「え〜?またまた。今の俺にそんな冗談言うの止めてくださいよ」

「……冗談が良いか?」


え?と振り返ると、立ち止まった男がポケットに手を突っ込んで真っ直ぐ俺を見ていた。笑わず、真剣な眼差しに固まる。え?冗談、じゃ、ない、の?


「酔っぱらって、たり……」

「そんなに飲んでいないだろう」


そりゃ、そうだけど、と返す声は掠れていた。サァッと血の気が引くのを感じる。冗談じゃないなら本気?え、じゃ、俺今すげぇ酷い事言っ……。

数時間前の自分が感じた胸の痛みを思い出して心臓が縮み上がる。頭と胸がぐちゃぐちゃになりながら、震える口を開いた。


「ぁ……、ごめん、なさい」

「……あぁ、気にするな。今のは俺の言い方が悪かった」


笑う顔が明らかに傷付いている、という感じで。もう一度謝って俯く。
街灯から少し離れた所で二人向き合い沈黙。何か、言わなければ。でも俺何を言えば良いんだ?言うって、今のの答え?答えってなんの。恋をしろって。男が自分にって。それは、それは……。
混乱してパクパクと口を開け閉めしていると、男が緩く首を横に振った。


「無理に答えをだそうとしなくて良い。直ぐには求めてないさ。お前の一途さは知っているし」


掛けられた声は今まで聞いた中で一番穏やかな音をしていて、何だか泣きそうになった。有り難い。助かる。でも、この後、どうすれば良いんだ。直ぐにはと言うからにはいつかは出して欲しいんだろう。いつかって、いつ?今度会う時、どんな顔すれば、と言うか会う約束とかどうすんの?いつも幼馴染みで悩んでる時俺からしているけど、できんの?てか、マジでどうすんの?

そしてまた何も言えずに立ち尽くしていると、あぁでもそうだな、という呟きが聞こえてくる。何だと顔を上げると、淡い光を背にした男がこちらに屈んで顔を近付けてきた。


「ちょっとだけ、な」

「……っは?え、……え!?」

「……ふ、冗談だよ」


チュッ、と。頬の、耳の近くで破裂音。慌てて耳を押さえて飛び退いたが、触れた感触はしなかった。目を白黒させていると、クツクツと意地悪そうに笑った男が額を小突いてくる。は?何……!?


「っな……!な、な!?」

「あぁ、あそこにいるのはお巡りさんだ。見付かる前に帰らなきゃな。お前も補導されるなよ」

「わっ、はあ!?ちょっと、」

「またな」


軽い調子で手を上げ俺を置き去りに駅の中に去っていく男。その背中を追い掛けるべきなのか。でもただ見送るだけで済ませてしまった。ポケットの中の物が揺れてまた通知を告げるがそれにも反応できない。冗談って。冗談って……どこから。
空気は冷たいのに、頬と、最後にグシャグシャに撫でられた頭が嫌に熱くて、動けなかった。





冗談って?







二百万記念
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