親衛隊長の苦悩
「あの二人、どうしろってのさ!」
「どうしろとは?」
「どー見てもラブラブしてるクセに何も考えてないってなんなのっ?どうしたいの?意味わかんない!」
開口一番。僕は、ダンッとテーブルを叩いて主張する。飲み物を持ってきた友人、マーくんはそれをテーブルに置くと腕を組んで口を開いた。
「最初二人の事あんなに面白がってたのに、随分な荒れようだな」
「そりゃ始めは僕も面白いと思ってたよ。あの堅物にとうとう恋人がー、ってさ。でも、まさか付き合ってないどころか自覚すらないなんて思わないじゃない」
「実際、恋愛感情は無いとか」
「あんっだけイチャイチャしといてそんなんありえないからっ!」
勢いに任せもう一度テーブルを叩けば揺れた拍子にお茶が零れた。無言でそれを見詰めるマーくんに慌てて謝り台拭きを引き寄せる。ただでさえ面倒な愚痴を聞いてもらっているのに、これ以上要らない迷惑は掛けられない。
ふう、と一息吐いて無理矢理気を落ち着かせる。それでも沸き上がる憤りに口をひん曲げた。
常にニコニコと人の良い顔をした親衛隊隊長の仮面を剥いで、日頃齷齪働く鬱憤を友人に聞いてもらいながらだらだら寛ぐのが高等部に入ってから習慣だった。相手はこのマーくんだったりマーくんのお兄ちゃんなイオっちだったり幼馴染みのタカだったり。最近は後者二人が捕まらない為、専らマーくんに聞いてもらっている。
その愚痴話に、最近はタカに対する不満が加わっていた。不満って言うか。これもまた鬱憤な訳だけど。
元はメインであった学園での話をすっ飛ばし、今日はタカと、今年入学してきた後輩の吉里くんの二人に対する愚痴を溢す。
吉里くんは入学式の日以来タカと仲良くなってほぼ毎晩晩御飯を二人で一緒に食べている子だ。地味だが純朴そうな見た目そのままに大人しく素直な子。初めはタカが一目惚れでもして口説き落としたかなんかで付き合っているんだと思っていた。だって、なんか暫くスゴい浮かれていたし。二人でいる時の空気甘いし。デレッデレだし。
でも、違った。しかもその気もないと来た。二人揃って。
抱き合ってキス寸前な距離まで顔近付けたりだとか。一緒の布団で寝たりだとか。そこまでしといて。
ズルズルテーブルに凭れ掛かりながら、ないわー、と呟く。ただの先輩後輩だって?そんだけの相手にあんだけ熱をいれるもんか?あんなベッタリくっ付けるか?ないでしょ。
口を尖らせブツブツ言いながらお茶を飲む。もやもやを吐き出せば吐き出すほど意味が分からない気分になり顔を顰める。そんな僕の話を聞いたマーくんは、ふむ、と呟くと首を傾げた。
「実際目にしていない俺が言える事は無いだろうが。しかしまぁ、そういう関係も有りなんじゃないか?」
「えぇ?どんな?」
「うーん……、そうやってただ寄り添い合うような関係、みたいな物か?」
自分でもどう表現したものか、と続けるマーくん。あの二人そんなレベルの話じゃないんだけど。と思いつつ黙って話を聞いた。
「タカ君、跡継ぎは気にしなくて良いからと言って結婚どころか恋人すら作るつもり無かったじゃないか」
「……まぁ、マジさびしー人生送んじゃないかって心配してたけど……」
「だからそんなタカ君にそうやって傍に置いておきたい程親しい相手ができて、俺はホッとしているよ」
ニッコリ笑ってグラスを傾けるマーくんをポカンと見上げる。まあ、確かに面白がると同時に良かったなぁ、なんて思いもしたけど。なんとなくその関係がずっと続けばいいな、なんて考えもしたけど。言葉にされるとなんか……。
「……つまり、お嫁さんみたいってこと?」
「バン君の話だとそんな話な気がしたが?」
真面目な顔で返されて口をつぐむ。いや、思いはしていたんだ。ソレっぽいとは。だって今の状況どう見ても通いづ……うん、何でもない。
首を振って思考を振り払う。いくらそう見えたとしても。そして早くくっつけと思っているとしても。年頃の男子がそんな風に言われたら可哀想だ。……でも、ねぇ。
唸り、吉里くんが心配だー、なんてボヤくとふっ、と吹き出したマーくんが目を細めて口を開いた。
「それにしても。吉里の事、随分気に入ったみたいだな」
「タカの嫁は僕の嫁っていうのと同じだよ!」
「いやそれは可笑しくないか?」
「そうだね!ちょっとテンション上げすぎた!」
腰を浮かす勢いで溜まりまくった鬱憤を吐き出すよう、全力でボケてみたら冷静な突っ込みを返され大人しく座り直す。暴走を止めてくれるのは有り難いけど、たまにはもうちょいノってほしい。ノってくれる相手と言えば久し振りにイオっちとも話したいなー。あっちもボケ殺しだけど。
「兎に角。今はただ見守ってやろう」
「う〜ん〜。そう、だね……」
クスクス笑うマーくんの姿に頭を掻いて口隠る。
見守る、つもりではいる。でも、今は穏やかなもんだけど。その内マジで色々溜めに溜め込んで、爆発した末に襲いましたー、みたいなことになりやしないかという一抹の心配が拭えない。タカ、ムッツリだし。吉里くん、隙だらけだし。
なんだかんだタカは一応大切な幼馴染みだし、吉里くんは可愛い可愛い後輩だ。そんな目も当てられない状態にならないよう、せめて少しでも早く相手への感情や行動に自覚を持って付き合うなり気持ちに折り合いつけるなりしてくれないか。そして何よりも自重を知ってほしい。
水滴の浮いたグラスを手で遊ばせながら溜め息を吐く。こちらから言っても聞いてはもらえない問題に頭が痛くなりながら、またブチブチとマーくんに愚痴を聞いてもらった。
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昼休みの時間。タカに書類を届ける途中、廊下でばったり吉里くんと出会した。いつもならば人目を気にして挨拶程度に擦れ違うのだけど、今回は特別棟で人気も無ければお互いに連れもいない。これ幸いとちょいちょい手を子招いてひそひそ話をする。
「今日、また夜部屋来るね」
「あ、分かりました」
耳打ちに風紀としてだろうピシッとした顔を緩ませへにゃっ、と笑う吉里くん。普段目にする笑顔の多くは打算とか下心が透けてどうにもストレスが溜まり勝ちだ。けど、こういう何も考えていない笑顔は見ていてホッとすると言うか、何か撫でくりまわしたくなる。たぶんこういうところにタカはやられたんじゃないだろうか。
ワシワシと頭を撫でやりたい衝動を抑え、こちらもニッコリ笑い返す。いざこざについて話し合う為とはいえ一々部屋まで行かなきゃなんないのはめんどくさいけど、気兼ねなく吉里くんと喋られるのは嬉しいな。あー、でも。
「……帰ってからまた食堂まで行くのメンドイかなー」
「えっと……じゃあ、食べて帰りますか?」
「えっ?いいの?」
「はい。あ、でも先輩に聞かないと……」
「いーよいーよ。タカには何とかゆっとくー」
ボソッと言ったことに思わぬ申し出。以前食べた吉里くんのご飯はとても美味しかった。ご相伴に預かれるならタカを黙らせるくらい軽いものだ。それに、タカが変なことやらかしていないかチェックも兼ねて押し掛けてやろう。
イエーイ、と喜ぶ僕に、嬉しそうに笑った吉里くんはそうだ、と手を合わせた。
「何かリクエストは有りますか?」
「ん〜僕は特にないからタカにきいてよ」
お邪魔する側だし、と答えると吉里くんはちょっと困った顔をした。