2

何かいけなかったかとハテナを飛ばしつつ、今ならメールして大丈夫だよ、と告げる。吉里くんは困り顔のままケータイを取り出すとうーん、と言いながら操作し出した。


『今晩は何が食べたいですか?』


カチカチとメールが打たれる様子を横から覗き見る。装飾も無いたった一文だけのメール。素っ気ないようで、気を使わないでいいのだという気安さも感じる文が送信されて数分。返ってきたメールを見た吉里くんはやっぱり、と苦笑した。


『お前が作ったのなら何でも良い』

「…………」

『それ、作る側にとっては一番難しいんですけど……』


タカの返信に文句を返す吉里くんは慣れた様子で。以前にも似たやり取りをしたことが有るのだろうか。聞きたいような、聞きたくないような。
何にしようか、と呟き悩みつつ、テンプレめいた台詞の応酬を続ける吉里くんを見ながら、痛くなった頭を押さえて書類を扇ぐように持ち直した。











「どもー。書類のお届けでございますー」

「そこに置いてくれ」

「はいよ。んで。今日、夜お呼ばれするからよろしくね〜。吉里くんのオッケーはもらってっから」

「は」

「何がいいって聞かれて何でもいいなんて、あんま困らせちゃダメだよータカ」


あ、なんか嫌そうな顔。うける。
タカの一瞬顰められた顔にちょっとだけ溜飲を下げて生徒会室を出る。晩御飯何かなー、と楽しみにしながらも、さっきの頭痛を思い出すとほんの少し嫌な予感が浮かぶ。それを考えないようにして明るい廊下を歩き進んだ。











「あ、おかえりなさい」

「ただいま」

「お邪魔しまーす」


タカに付いて玄関を潜った先、ヒョコッと顔を出した吉里くんが慌てた様子で返事をする。


「あれ?どうかした?」

「その……すみません、まだできてなくて」


申し訳無さそうに眉を下げる吉里くんが着るエプロンの下は制服だった。風紀の仕事が長引きでもしたのだろうか。それなのに僕も来るから手は抜けないと帰って早々大急ぎで作っているとか。
パタパタとキッチンへ引っ込む後ろ姿に失敗した、と考えていたら鞄をソファ側に置いたタカが腕を捲りながら吉里くんに近付いていった。


「何か手伝えるか?」

「大丈夫ですよ。疲れてるんですからゆっくりしててください」

「疲れているのはお前もだろ」

「あ。……あ〜、じゃあ、お願いします」


持っていた台拭きを取り上げられた吉里くんが苦笑して軽く頭を下げる。それに対し、よし、と言ったタカは満足気に吉里くんの頭を撫でた。
その動作は日常的に行われているのだろう。二人には当たり前っぽい行動。しかし二人にとっては当たり前でも、見ているこっちにはむず痒い。
色々突っ込みたかったけれどまあ許容範囲かと飲み込み、僕も手伝うよ、と二人に近寄った。……までは、よかったんだけど。


スキンシップ、多くない?多いってゆうか、多過ぎない?
言われた小皿を棚から出しながら二人を見る。ちょっとした事で頭を撫でたり擦れ違うだけで肩に手を置いたり話を聞くだけなのに腰に手を回したり。セクハラ、と突っ込んでも二人ともキョトンとしたり何言ってんだって顔をする。アンタが何やってんだっていう。

タカを睨み付け不思議そうな吉里くんを見て溜め息を吐く。吉里くんも普通に受け入れ過ぎじゃない?単純に警戒心がないだけ?触られるのに抵抗ないとか?

……それって、だれにでも?


「吉里くん吉里くん」

「はい?何ですか?」

「ちょいと失礼」

「わっ」


タカがテーブルに向かった隙、吉里くんの顔に手を伸ばして指先を近付ける。けどその手は頬に触れる前に避けられてしまった。


「ど、どうしましたか?」

「……うん。ちょっとホッペに何か付いてるなって」

「え、何処ですか?」


慌てた様子で吉里くんは頬に手を当てる。適当な言い訳なので実際何も付いていないそこをペタペタ触ったり払ったりしてはこちらに確認してきた。


「どうした?」

「顔、何か付いてます?」


遅い僕らが気になったのかキッチンに戻ってきたタカが片眉を上げ吉里くんに歩み寄る。そして顔を指差し訊ねる吉里くんの頬に触れた。これを、吉里くんは逃げずに大人しく受け入れる。壊れ物でも扱うよう丁寧になぞる指に目を細めた吉里くんは擽ったそうに笑う。顎に手を掛けられ左右に傾けられてもされるがまま。タカは一頻り確認してから手を離した。


「何も付いてないぞ」

「あれ?取れたんですかね」

「……どうしたんだお前」

「……うぅん。なんでもない」


何事かとこちらを見る二人に何でもないよと返す。取り落としかけた皿をテーブルに持って行き、ソファに座る。

あー、うん。あの無警戒さはタカ限定ってことでいいのかな。うん。
タカのこと、好きなんだろうとは思っても、タカと違って付き合い短いしほわほわしているから断定するのは難しいと思っていた。けど、吉里くんも思っていた以上にタカに懐いている、と言うか好意持っているっぽい。安心安心……じゃねーよ。


料理の乗ったお盆を持ってやってくる二人に目を移す。自然な様子で吉里くんに触れるタカと、当たり前な調子でタカに触れられる吉里くん。どう見ても、やっぱりラブラブじゃないの。早く自覚してとっととくっついちまえ。と。何度も思っていたんだけど……。

肘置きに項垂れる僕を心配する吉里くんにだいじょーぶ、とほぼ自分に言い聞かせる口調で返し、ゆっくりと身を起こした。











「訂正。くっついたらくっついたでどうなるかわかんなくてこわい」

「ほう」


テーブルに突っ伏して呻くように言った言葉へ、マーくんは興味深そうな相槌を返す。今日のイオっちは風紀委員長のとこに行っているらしい。マーくん一人に何度も愚痴ばっか聞かせて悪いけど、他に聞かせられる人いないから謝りながらも抗議を続ける。


「付き合ってないのにっ!あんなイチャイチャベタベタしてっ!付き合ってあれ以上って何!何があるってゆーの!」

「そこまで凄いのか。俺も一度見てみたいな」

「うん。メッチャ見せてやりたい。そして後悔して」

「そんなに凄いのか……」


力一杯首を縦に振る。二人の関係見ているのが僕だけのままもし進展があったとしたら、突っ込みとかそういうの全部僕だけがやるの?荷が重い。重いよ。


今まではもしも自覚のないままタカが手を出して、これまた自覚のない吉里くんを傷付けでもしたら、と恐ろしかったのだけども。
自覚なしでもその辺のバカップルよりイチャイチャする二人が付き合い出したら、更にイチャイチャするのだろうか、なんて考えると。別な意味で恐ろしい。

そして自覚するとか付き合うとか、そういう先の事よりも。今現在あんなにベタベタさせてて良いのだろうかというのも悩む。あの後ちょいちょいタカに触りすぎー、なんて突っ込み入れたけど行動全部意識していないみたいだったし。
今んとこ外で直に接触した事ないけど、生徒会と風紀でなんかやる事もあるだろう。それで、他の人の前でも無意識にあんな感じになったら……。


「恐ろしい……!」

「落ち着こうバン君」

「うー……。ホントに、どーしろってゆーんだよー……」

「だから、成るように任せるしかないだろうに」


最早お似合いですね、なんて状態の二人を応援してやりたい気持ちは有れど。数々浮かぶ問題はどうにも、うへぇ、と言いたくなる。

ぐだる僕に呆れもせず宥めてくれるマーくんの厚意に甘えながら、出された煎餅をバリボリとかじった。





親衛隊長の苦悩








三十万記念
top




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -