無欲の欲

晩飯の準備を終えて課題も済まし、さてどう時間を潰そうかと時計を見る。先輩が帰ってくるまでまだまだ時間があるようだ。そろそろ始まる中間に向けテスト対策でもすべきだろうけど、連ちゃんで勉強するのもやだなぁと考えていた所でチャイムが鳴る。……誰だ?
家主である先輩が態々鳴らす訳が無いし、もう一人訪ねて来る人だっていつも自由に出入りしている。……まさか先輩のファンとか?

有り得ないとは思ってもそうだったら見付かる訳にはいかないから居留守だと息を潜め身を固くしたのだが、連打がヤバイ。壊す気かという程打ってきたり三三七拍子等リズミカルに押してきたり。面白いけど……五月蝿い。
本当に誰だよ、と若干げんなりしつつ覗き穴から外を窺い見て、慌てて扉を開いた。


「どもー。こんにちは〜ってゆうかこんばんは〜」

「すみません。こんばん、……は?」

「ちょっと鍵どこ入れたかわかんなくなっちゃってさぁ。ごめんね〜」


スルリと隙間から入り込んだのは嫌にテンションが高い隊長さん、と。何か妙に大きな鞄。……何が入っているのだろう。すげぇ気になるけれど聞いて良いものなのか……。

チラチラと視界に入るそれに気を取られながらリビングまで誘導すると重かったとばかりに荷物を下ろした隊長さんは溜め息を吐いて腕を伸ばした。


「あー疲れた……っ、ととと。あーあのね、吉里くん。今日来たのはちょっと理由があってさ」

「はい」

「んーっと。最近タカ追い込みに入っててけっこー参ってんだよね」

「……はい」

「友人としてはそれなりに心配ってゆうか、まぁちょっとくらいイー目見させてやりたいってゆうか?」


確かに、最近先輩は前より輪を掛けて疲れた様子をして帰ってくる。何か問題が発生したのかと訊ねても曖昧に返されてしまって詳しくは知らないが、それでも大変なのだろうと心配していた。相談も出来ないのならせめて美味しい食事でも、とは思っても自分もそれなりに疲弊している為凝った物を作る気力が無く。
何かしたいと思ったままモヤモヤしていた所にこの話。何か手伝えるなら協力したいな、と思いながら頷けば隊長さんは鞄の口に手を当てニッコリ笑った。


「それで今日はこんなの用意してみたんだけどね」

「?何ですか?」


カパッと鞄を開いた隊長さんは何かを取り出して俺に手渡す。俺が見ても良いのか。にしても何だこれ。黒と白の布地?服か、と持ち上げ広げて……。


「…………何ですか」

「メイド服。知らない?一時期スゴく流行ってたっしょ」


いや、従妹が友達と喫茶店行ったとかで色々話してきたから存在を知ってはいるけども。
ポカンとしたままシャツにスカート、エプロンとリボンタイといった服飾にもう一度目を移す。所々フリルが付くモノトーン基調な組み合わせのそれらはやはりお金持ち仕様というべきか上品な雰囲気を漂わせ肌触りもとても良い。……いや、今はそんな事どうでも良い。これがいったい何なのか。
その疑問をぶつける前に隊長さんはペラリと生地を摘まむとえーっと、と何か考えながら話し出した。


「そんでこれ着たら何か決めゼリフみたいなのあるみたいんだけどさ」

「はぁ……」

「せっかくだから問題〜。『お帰りなさいませ』の後に続くのは?」

「えっ」

「はい、じゅーう、きゅーう」


俺の困惑を他所に話を進める隊長さんはそのままカウントダウンを始める。突然な事に焦って考えるが……何だっけ。従妹が友達とごっこ遊びしていたけど……。メイド?家政婦……使用人……。


「にーい。いーち、」

「う、あっ、だ、旦那様っ?」

「惜しいっ!」


指を鳴らして不正解を告げた隊長さんはそれもいいけどねっ!と笑って手を叩いた。違ったか。ちょっと悔しい。
じゃあ何だったっけと考えようとした俺の肩に、隊長さんがポンと手を置いた。


「そんじゃまぁとりあえず着てみようか」

「はぁ……って、え゙!?まさか、俺がですか!?」

「もち。んでさっきのセリフでタカのお出迎えしてあげてね」

「は!?」


ポイポイと他の付属品を出しては俺に放ってくる隊長さんに驚愕を返す。そんな俺をまた気にもしない隊長さんは良い笑顔で服を俺に当てサイズのチェックを始めた。いやいやいやいや……!


「え、あの、先程のお話とこれを着る事に何の関係が?」

「ん?タカが喜ぶかなぁって」

「いや、俺、女の子じゃないんでそれは無いんじゃ……」

「だいじょぶだいじょぶ〜」


こんなヒラヒラした服、可愛い女の子なら分かりもするけど凡庸な男が着て出迎えたら逆に疲労が増すとしか考えられない。喜ばすって言っていたけどこれは単に隊長さんが先輩で遊びたいだけなのでは。あ、俺でもか。
何にせよ、悪戯にしては少々趣味が悪い気がする。楽しそうに着用方法を教えてくる隊長さんに口の端を引き痙らせつつ思い切って抗議をしてみた。


「その……流石にこれを着るのは、ちょっと……」

「え〜?イヤ?」

「……スカートは、無理です」

「そっか〜……」


ションボリした隊長さんに服を返す。じゃあ仕方ないや、と呟いた隊長さんに申し訳無さを感じながらもホッと息を吐き掛け、続けて言われた言葉に固まった。


「んじゃ執事でいってみよっか」

「へっ」








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