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「スカートが嫌ならこっちはだいじょーぶでしょ〜」

「や、あの……っ」


メイド服を脇に置いた隊長さんはまた鞄に手を突っ込むと別の服を取り出した。え、予備?これはあれか。断られるのも予想の内だったとかそれか。
服を押し付けた隊長さんは俺が動けないでいるのを見ると目を三日月に細めてにじり寄って来た。


「はーいはい。んじゃぁ先ずはばんざーいっ……ていったぁ!?」

「……いい加減にしろ」

「あ」


迫る影に後退りをすると、パンッという音と共に隊長さんの頭が落ちる。驚いて見上げれば、隊長さんの背後で先輩が右手を上げたまま顔を顰めていた。


「何後輩おもちゃにしてんだお前は」

「もー、いったいなぁ。おもちゃになんかしてないよ。ねー吉里くん」

「え、え……っと」

「タカを喜ばせるため、色々協力してもらってただけだよーだ」

「はぁ?」


隊長さんが頭を押さえたまま舌を出して先輩に文句を言う。まぁその通りなんだけど、その方法の方向性が……。


「かわいい後輩がかわいい格好でお出迎え。いいでしょ」

「可愛い後輩に使用人の真似事させて喜ぶ趣味は無い」


隊長さんの発言をキッパリと否定した先輩は溜め息を吐いて荷物をテーブルに乗せた。あぁ、やっぱり逆に疲れさせている……。
申し訳無く思っていると、隊長さんは懲りた様子も無く鞄を引き寄せ先輩へと開いて見せた。


「ならしょうがない。じゃあどれがいい?」


どれが、って。まだあるんですか。
恐る恐る覗いてみればギッチリ詰められたカラフルな布の山。どんだけ予備持って来たんですか……!


「吉里くんはどう?」

「へぇっ?あ……何か、いっぱい、ですね」

「うん。何でもあるし、好みの無いならちゃんと用意するからゆってね?あ。それぞれに合わせてメイク道具もちゃんと持ってきてるから安心してよ」

「えっ」

「決まんない?ならとりあえず何でも着てみよう。ってコトで!吉里くんっ。おにーさんとあっそびっましょ……って、い゙って!!」


お化粧って、お兄さんというよりお姉さんじゃ。なんて一瞬気を取られた瞬間さっきより痛そうな音を立てた平手に隊長さんが床へ沈む。そして今度は驚く間も無く先輩の背に追いやられ庇われるような位置でポカンと固まった。


「ぃったー!もーちょっとぉ!いきなり何すんのさ!」

「俺を出汁に吉里で遊ぶなと言ってるのが分からんか」

「へーぇ?……んー、ほんじゃ僕個人が吉里くんと遊びたいから着せ変えたい、ならいい?」

「駄目に決まってるだろ」

「ほー」


先輩の後ろから顔だけ出して会話を窺う。怒った様子の先輩に対し隊長さんは相変わらず何か楽しそうで、そして何か企んでいるようで。
二人の温度差にどう宥めれば良いのかとオロオロしていると、隊長さんが企み顔のまま先輩へ話し掛けた。


「なんでさ。僕だってかわいー後輩くんかわいがりたい」

「嫌がってるだろ」

「本気で嫌そうならしないし他の考えるよ」

「どうだか。……もう良いから帰れ」

「なにさー。そんな事ばっかゆって。ただ遊ぶのもダメなのかい。吉里くん一人占めでもしたいの?」

「悪いか」


間を置かずの即答振りについ先輩を見上げる。後ろ姿から表情は分からないけれど、たぶん冗談とかでは無い雰囲気だ。先輩の答えを聞いた隊長さんはニンマリとするとワクワクした様子で口を開いた。


「そ」

「お前が考えてるようなのじゃ無いからな」

「……んなハッキリ独占欲出しといてアンタさぁ……」

「ボソボソ言ってないで。他に用が無いなら、」

「へーいへーーい。もー今日はいーですよー。またリベンジするから」

「せんで良い」


先輩の突っ込みを無視してニッコリ笑い俺へ手を振った隊長さんは大きな鞄を抱えて玄関へと歩き出す。来た時も思ったけどあの細腕でよく軽々持っていけるなぁ。
自分の腕と見比べながら得も言われぬ空しさを感じつつ見送り、その背が扉で阻まれた瞬間、不意にハッと閃いた。


「あ。ご主人様だっけ」

「……何を吹き込まれたか知らんが彼奴の言う事は聞かなくていいからな」

「あてっ」


額辺りをはたかれよろめく。しかしペンッとよく鳴った音に反して痛みは無い。だから隊長さん全く怯んでなかったのか。
納得しながらはたかれた所を擦り一応の弁護を試みる。


「メイドとかは置いといて、先輩に喜んでもらいたいっていうのは隊長さんも、俺も、本当に思ってますよ」

「……俺はお前が来てくれるだけで嬉しいよ」


苦笑して言われた台詞とポンポンと柔らかく頭を叩く感触に何だかむず痒くなる。優しいなぁ。こんな先輩を今俺が一人占めしてんのか。
気恥ずかしさと嬉しさに頬を掻きながらお礼を言う。そうして思い出した事にあ、と声を上げた。


「お帰りなさい、先輩」

「……あぁ、ただいま」


微笑んで返された挨拶にヘラっと笑う。取り敢えずは後輩として、もっと先輩の事を楽しませたり支えられり出来たらな、なんて考えながらキッチンへ向かった。





無欲の欲








三十万記念
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