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数学の教科書を忘れたことに気づいたのは、既に授業が始まろうとしている時だった。
転入してからそんなに日が経っていない私にはまだ他のクラスに友達がいないので、 教科書を忘れた場合、唯一の隣人である知念くんに見せてもらわないといけなくなる。 私は転入初日から、単なる見た目だけで知念くんを怖がってしまっていたので、 絶対に忘れ物をしないようとても気をつけていた。
でも、昨日の消しゴム事件(事件っていっても、単に私が消しゴムを落として知念くんがそれを拾ってくれただけだけど)以降、 彼のことを怖いとは思わなくなり、むしろ“不思議な人”としてちょっと気になる存在になってしまった。 何だか頭から知念くんのことが離れなくて、昨日からぼーっとしっぱなし。 そのせいかこの一週間絶対にやるまいとしていたことをやってしまったのだ。
知念くんを怖いと思わなくなったとはいえ、まだ「教科書見せて」とは頼みづらい。 何せ昨日初めて喋ったのだし、しかも喋ったと言っても、果たして会話と言えるほどのやりとりだっただろうか。
「(どうしよう…よりによって苦手な数学だし…)」
もう一度探そうと机の中を漁りだしたその時、隣の知念くんが、私の様子を伺うように声をかけてきた。
「あの…ミョウジさん」 「!」 「やー、教科書忘れたんばあ?」 「え…と、その……うん」
私がそう言うと、知念くんは何も言わず自分の机を動かして私の机とくっつけ、二つの机の境に教科書を広げて置いた。 彼は相変わらず、無表情のまま。
「あ、ありがとう…」
その日の数学の授業のことは、ちっとも覚えていない。 自分のすぐ隣に知念くんの存在を強く感じて、授業どころじゃなかった。 何だか緊張してしまって、知念くんの方なんてとても見れなかったけど、 長く骨ばった彼の指が、教科書のページを捲るたびに、再び鼓動が速まるのを感じた。
***
「(っ、緊張して授業に集中できないさぁ…!!)」
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