「いらっしゃいキャプテン! いまコーヒーお持ちしますね!」

「そんな、気にしないでくれ」

「いえ、わたしも今ちょうど休憩しようと思ってたところなので」


ニッコリ微笑みながらそう言って、パタパタと小走りでラボを出ていくナマエ。

その背中を見つめる僕の顔は、きっとだらしなく緩んでいるのだろう。




ここ最近、僕は時間を見つけてはナマエのラボに来ている。

理由は簡単。彼女が好きだからだ。

初めは軽く挨拶するだけの間柄だった僕らだが、だんだんと距離が縮まり、ここ最近は時間が経つのも忘れて話し込んでしまうほど親密になっている……と思う。

ナマエと話せば話すほど、それまで知らなかった彼女の一面を知り、そして以前にも増して好きになっていく。

邪魔に思われるといけないから頻繁には来れないが、本当なら毎日でも会いたいくらいだ。

ナマエが僕をどう思っているかは分からないが、僕に可愛らしく微笑みかけてくれるのを見る限り、嫌われてはいないだろう。

つまり、ナマエとの関係はとても良いものだということだ。



…ただひとつ、大きな問題を除いて、だが。



「やぁジイサン、今日は一段と眉間のシワが深いな!」


誰のせいだと思ってる、という言葉は寸でのところで飲み込んで、勢い良く部屋に入ってきた目の前の男を睨みつける。


実はナマエはこの男、トニー・スターク直属の部下なのだ。

彼女はスタークが日々押し付ける膨大な作業をこなすべく、基本的にこのラボに籠っている。

だからナマエと会うにはここに来るしかないのだが、そうするとなぜか毎回のようにスタークが現れて、わざとらしくナマエに触れたり僕を小馬鹿にしてからかったりしてくるのだ。

そもそもスタークが主催したパーティの場があったお陰で僕はナマエと知り合えたので、その点では彼に感謝しているが、邪魔をしてくるとなると話は別だ。



コーヒー片手に戻ってきたナマエは、スタークの姿を見て目を丸くした。


「あれ、どうしたんです?今日は一日ご自分のラボで研究するって…」

「ちょっとナマエのかわいい顔でも見て気分転換しようと思ってね」

「またそんなこと言って……」


スタークの言葉に呆れかえるナマエ。

そんな彼女の肩に手をまわし、ニヤニヤしながら僕の方を見るスターク。

嫉妬で胸がムカムカして、僕は二人に気づかれないようにぎゅっと拳を握った。


「ナマエ、わざわざこんなジイサンの相手なんかする必要ないんだぞ」

「あっ、ちょっと…!」


スタークがナマエの肩を抱いたまま、彼女の手にあるカップをひょいっと取りあげる。

その余裕綽々な態度にさらにイライラは募り、思わず大股でずいっと二人に近づいた。


「ナマエを離せ、スターク。困ってるだろう」

「そんなこと言って、私がいなくなったら今度は自分が、なんて思ってるんじゃないだろうな?」

「なっ…!」

「だいたい、しょっちゅうここに来てるアンタのほうがよっぽどナマエを困らせてるんじゃないか? ナマエ、邪魔なら邪魔ってハッキリ言うべきだと思うぞ」


僕はギクリと固まった。

言い返す言葉が見つからない。

無言で睨み付けると、スタークは「勝った」とでも言いたげに口角をつりあげた。

そして彼が、手にしたコーヒーに口をつけようとしたその時、


「トニー」


大きくはない、しかしはっきりとしたナマエの声が、ラボの中に響いた。

いつも穏やかなナマエからは想像のつかない、少し低めな声。

カップを持ち上げたままの形で、スタークが硬直した。


「わたし、せっかくキャプテンが会いに来てくださったんだから、二人でゆっくりお話がしたいんですが。それにそのコーヒーはキャプテンにお出しするものだったんですよ」


ムスッとした表情で、スタークを睨みつけるナマエ。

彼女が怒っている姿は初めて見たが……怒っているナマエも可愛らしい。

そんなことを頭の片隅で考えていると、ナマエは「それに……」と、少し頬を赤く染めながら続けた。


「それにわたし、キャプテンのことを邪魔に思ったことなんて、一度もありません。むしろ、来てくださって、その、嬉しく思ってます、から…」


先ほどまでの威勢の良さはどこへやら、最後のほうはごにょごにょと小声になっていくナマエの言葉。

しかし、僕は聞き逃さなかった。

ドキドキと心臓の鼓動が早くなっていく。


ついには耳まで真っ赤にして俯いてしまったナマエと、目を丸くして固まった僕を交互に見て、スタークは大きなため息をついた。

そしてコーヒーを僕に押し付けると、ナマエに聞こえないように小声で僕に話しかけた。


「今日はこのくらいにしといてやるが……ナマエは簡単にはやらないからな。覚えておけよ」


さっさと早足でラボを出ていくスタークの背中に、どこの悪役のセリフだと言ってやりたかった。

だがそんなことよりも、今はナマエになんて話しかければいいか、嬉しさと緊張で沸騰しそうな頭で考えるのに必死だった。



僕たちの戦いはまだ続く

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ねこぽん様、リクエストありがとうございます!
ご希望の内容に添えているか不安ですが、楽しんで頂ければ幸いです…!
応援メッセージも、とても励みになりました!今後も頑張っていきたいと思います^^
この度は本当にありがとうございました!


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