dream | ナノ


Selfish  




「オレを束縛しようとする女なんて星の数ほどいるけど、本当にオレを束縛できる女は一人もいないわけ」
 だから世の中うまく回ってるんだよなあ、とわかるようなわからないような理論を振りかざしてから、いつものようにピカソは食えない笑みを浮かべて、キャンバス越しにちらりと私を見た。
 朝食の場に姿を現さない彼のためにわざわざ部屋までご飯を持って行っているのはただの義務感からだったとはいえ、ドアを開けてもこちらを振り返ることもない彼に少し苛立ちを覚えたのは何も責められる話ではないだろう。自分勝手で、周りに合わせることなど全くない。それでいいから一緒に来てくれと言ったのは私だけど、物事には限度というものがあると思うのだ。朝食を持ってきたことに対して礼を言うでもなく「絵のモデルやって」と当然のように言うその飄々とした態度は少しだけ癇に障る。言うとおりにしてしまっている時点で、彼のペースに乗せられているとはいえ。
「…そういう話は後にして。ご飯、食べないの? せっかく持ってきたのに」
「別にオレが頼んだわけじゃねぇし〜。食べたいときに食べればいいじゃん?」
 さらさらと鉛筆を走らせながらあっさりと口にされた答えは、想像した通りのものだった。自分の好きなように、自由にふるまうこと以外は彼の頭にはない。優しくされようが放っておかれようが、彼にとってそれがわずらわしいものでなければ大した違いはないのだろう。芸術を追いかける人間はそういう輩だ、と信長は言い切っていた。それを聞いた時はそんなものか、と思っていたけれど、いざ一緒に過ごすとなると、これ以上面倒な相手もなかなかいない。
「勝手な奴、とか思ってんだろ」
「…思ってたら悪い?」
「べっつにぃ。それで文句言われんのは慣れっこだからな」
 言われても直さないあたり、さすがというかなんというか。その能天気さとマイペースさに眩暈がして、ふう、とため息をつくと、ピカソは「見返りが欲しいなら他の男にしとけば」とのたまった。
「どういう意味」
「そのまんまの意味。よくわかんねぇけどオマエ、そのへんの男に好かれてそうだし。オレに構うよりそういう男の世話焼いた方がイライラしなくて済むんじゃねぇの」
 見返り。そう言われてしまえば身も蓋もない。改めて考えてみれば、確かに私はピカソから一度も「見返り」なんてもらった記憶はないし、そもそも期待してすらいない。さっきピカソが言っていたように、彼を束縛しようとする女なんて腐るほどいるんだろうし、私が世話を焼く必要なんてちっともないはずで。彼よりも他の人の世話を焼く方が幾分か感謝もされるだろうし、意味もあるのかもしれない。
「そうしたくなったら、そうするけど」
「けど?」
「今は私がそうしたいから、そうする」
「ふぅん。ま、勝手にすれば。オレも勝手にするから」
「それはいつものことでしょ」
 そのとーり、と人を小馬鹿にしたような気の抜けた言葉に反論する気も起きなくて、目の前のテーブルに置いた朝食をぼんやり眺める。
 今日は信長が当番で、下手に「手伝いましょうか」と言えるような空気でもなく、台所にはそれこそ何かの儀式のような厳かな雰囲気がただよっていた。最初は本当に代わろうかと真剣に悩んだけれど、どうやら杞憂だったらしい。ごはんとお味噌汁、それに焼き魚。普通に私よりも料理上手ではないかと思ってしまうほどどれも美味しかった。焼き魚に関してはほとんど蘭丸が信長に気づかれないようにフォローしていたのは暗黙の了解だけど。
 美味しいですよ、と言ったら「何を言う、当然だろう」とかいつものように尊大に返してきた信長が少し得意げな表情を浮かべていたことには、苦笑いしていた周りだけでなく私も気づいていた。ピカソがここにいたら何て言ったんだろう、とふと考えてしまったのはそう、その信長の表情を見たときだった。皆と同じように「美味いじゃん」とでも言うだろうか。それとも、誰も言わないことをあえて言うのか。どちらでもいいはずなのに、そんなことを気にしている自分がいたのは謎としか言いようがない。「ピカソのことが気になるからそう思うんじゃないの?」と、蘭丸に指摘されたとき初めて「そうか」、と腑に落ちた。ただそれを認める勇気がないだけ。
「ピカソは、さ」
「ん?」
「好きな人がもしいたら、その人を束縛したいとか思わないの?」
「ぜんっぜん。そういうの、時間の無駄じゃん」
 素っ気ない答えに「はいはいそうですか、素敵な節約観念なことで」と嫌味でも言ってやろうかと口を開いたとき、「特にオマエには」と付け足された言葉に耳を疑った。変わりのない薄っぺらい笑みからはとても真剣さなんて読み取れないのに、不思議とピカソが嘘をついているようには思えない。
「どうして?」
「そんなこと懇切丁寧にオレが教える義理なんかねぇな。裸婦のデッサン練習に付き合ってくれるんなら別だけど」
「寝言を言うのは寝た時だけにした方がいいんじゃない」
「ちぇ。つまんねぇの」
 ふてくされた彼の表情があまりにも子供っぽくて、つい頬が緩んでしまう。私がピカソに抱いている感情にきっと名前はつけられるんだろうし、もしかすると彼のさっきの言葉もそれなりの意味があるのかもしれない。でも、今のこのなんてことのない関係のままでいる方が安心していられる。束縛する女にはなりたくないし、彼から疎まれるのも嫌。そんな我儘が許される日々がもう少しだけ続いてほしい、と、思ってしまっている自分はピカソに負けず劣らず自分勝手なのかもしれない。


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