(2) 「……で、なんで俺んちにいるんだよ」 「こんな非常識な真似をするやつは貴様以外に思いつかん」 お新香を口に放りながら投げやりに聞くと、汁椀をコトリと置いてから彼女(?)は屹然と答えた。 「ごめんなさいね〜、またあたるが他所様に迷惑かけたみたいで…」 「勝手に謝るな! 俺は何もしとらん!」 「言い訳はおよしなさいみっともない! 面堂さん、おかわりはど〜う?」 「いえ結構です。ご馳走になってしまって申し訳ない」 「いいのよいいのよ、本当にもう、うちの愚息が迷惑おかけして…」 「だーーもう、だから俺は何もしとらんと言っとるだろうが!」 「嘘おっしゃい! あんたね…」 親父の弁当を詰め終わった母が隣にそろそろと来て耳打ちする。 「こんなイイトコのお嬢さんといつ仲良くなったのよ! 失礼なことしないで仲良くしておかなきゃだめでしょう!」 「あっのっなあ! イイトコのお嬢さんどころかこいつは――――もがっ!!!」 俺の口と鼻をものすごい力で塞いだ面堂は、その手の粗暴さと正反対の楚々とした笑みを母に向けた。 「お母さんご馳走様でした、私達そろそろ行かないと学校に遅刻してしまいますので…」 「あ、あら、じゃあ息子をよろしく連れてってくださいな。あたる、あんたこれ以上ご迷惑おかけするんじゃないわよ!」 「〜〜〜! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」 返事どころか息すらできない状態でそのまま玄関まで引きずられて、表に出てからようやく開放される。 「ぶはっ! お前な〜〜…!」 「きさまが余計なことを言おうとするからだ。面堂財閥の次期党首たるものがまさか女になってしまったなんて末代までの恥だぞ…! 世間にばれたりしたらとてもじゃないが……」 「じゃないが?」 「切腹するしかない」 「そこまでかよ!」 「当たり前だ! しからば、諸星…」 「ん?」 「いいか。僕は元の体に戻るまでの間、全くの別人として振舞うことにする。お前も都合を合わせろ」 「は〜? めんどくせーな! いいじゃん、別に、体が女になっただけなんだから」 「いいわけがないだろう。考えるだに恐ろしいことだが…もしも我が妹に知られでもしたら……」 「おにいさま〜!」 「…………」 ぴたり。学校へ向かっていた足が並んで止まる。 片方は青ざめて、もう片方は嬉々として振り返ると、おなじみの牛車がすぐ後ろに止まった。 「了子ちゅわん! おっはよー!」 ダイブした俺をなんでもなしにかわして(つれないなあ!)、牛車からさっと降りた彼女は青ざめて振り返ったまま硬直している姉(?)のほうへつかつかと歩み寄った。 「おにいさま、このお姿はどういうことですか!」 「りょ、了子、なぜ…!」 「お目覚めになった途端に家を出てどこかへ行かれたようでしたので心配になって黒子に追わせたのです! そうしたら…ああ、お可哀想なおにいさま………」 「了子…」 そそとハンカチの端で瞳を拭っていた彼女が、慈しみに満ちた顔を上げた。 「そんなお姿では、おうちにも帰れませんわねおにいさま」 「え?」 「ご安心なさいませ、お父さまとお母さまにはわたくしから理由をつけてよろしく申し上げておきますわ」 「な…? 何を言ってる了子」 「諸星さま」 「なあに了子ちゃん!」 「おにいさまの日用品などを諸星さまのお宅にお送りしておきますわ」 「え?」 「ああおにいさま……わたくしはかなしいです。女のわたくしよりお綺麗なんて…」 「ん? よく聞こえなかった」 「黒子! 今日から男のおにいさま以外がうちに帰ってきても通してはなりません! 面堂家のおにいさまは男であられますわよ! いいですね!」 威厳ある声に黒子たちがびしっと敬礼のポーズをとって返事とした。 「おい待て、了子、これは…」 「さ、戻りましょう! 諸星さま、おにいさま、ごきげんよう」 「ちょ、え、ま、りょ…」 呆然とする面堂を置いて、彼女を乗せた牛車は素晴らしい速さで遠ざかっていった。 セーラー服のスカートの裾を膨らませてへたりと地面に座んだ面堂の横で、どうしたもんかと立ち尽くす。 「……えっと。」 「……」 「……とりあえず切腹はすんなよ…」 「……」 「……」 キーンコーンカーンコーン。 遠くで朝のHR開始のチャイムが鳴っていた。 ×
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