(4) | ナノ










その日の学校はいうまでもなく、すごい騒ぎだった。
まず、学校中の生徒が教室に押しかけるから廊下に面した窓には常にびっしりと人の顔がくっついていた。
廊下を歩くとそこここで「あの面堂が」「女に」「女の子」「諸星のせい」「女の子」「面堂さん」「諸星くんが」……。何の関係もない俺までじろじろ見られる始末だ。たまったもんじゃない!

当の面堂も行く先々でもみくちゃにされるくらい構われていた。
意外なことに、女の子から大人気であった。(女になってまでちやほやされるとは恨めしい…!)

「面堂さん、こっちで着替えましょうよー!」
「面堂さんの髪、ツヤツヤで羨ましいわ!」
「わっ!」
「それにサラッサラ! ねえシャンプー何使ってるの?」
「まつげ長ーい」
「あ、あのですねえ…」
「ねえウエスト細すぎない? わたしより細いわよ!」
「ひゃ! く、くすぐった…」
「ほんと! なのにわたしより全然バストあるじゃない!」
「いやいやちょっ…!!!!???」
「足も長くて細いし、ほんと不公平ねえ!」
「ずるーい!」
「ねえ、やっぱり名前って終子ちゃんになるのかしら?」
「あ、それかわいいわね! 終子ちゃん♪」
「終子ちゃん!」
「…勘弁してください…」

以上の会話は、体育の授業の前に女子更衣室の扉から聞こえてきた声を正確にトレースしたものであるという。一応言っておくが、俺は覗いてない。他の女の子ならまだしも面堂の着替えなんて頼まれても覗きたくない。
面堂の奴、一人でおいしい思いしやがって! ああ俺も女の子になって女子更衣室で着替えたいもんだ。









「女の子には目のないあたるが気にもとめんとは…」
「病気か?」
「ついに地球の回転が止まるかもしれんな」
「………お前らなあ。」

次の時間でようやく今日の授業も終わりだ、という休み時間。
クラスの男子達がわらわらと側にやって来て周りの席に勝手にめいめい座りはじめる。今日は休み時間の度にこうだ。
雑誌に向けていた顔をあげて、頬を紅潮させている彼らを呆れた視線で一蹴する。

「どんなに見た目が可愛いっつっても中身は面堂だぞ。分かってんのか」
「んなこた当然分かってる。」
「……んだろうなあ…。」

面堂は男だぞ。でも今は女だろう。――と、こう続くやり取りを今日の半日で何回したことか。もうため息しかでない。
男子達だって最初は怪訝な反応だったのだ。っていうか引いてた。
それがどうしたことか、授業で淀みなく流暢に英語読んだり黒板にサラサラと数式書き出したり体育で100メートルのタイム女子ぶっちぎり一位だったりしてるうちに1限後の休み時間には『女になった気色悪い面堂』だった男子達の意見は、2限後の休み時間には『あれ…気色悪いけどよく見たら顔だけはめちゃくちゃ可愛いな』になり、3限後には『めちゃくちゃ可愛いけど面堂だろ』になり、昼休みには『面堂だけどめちゃくちゃ可愛いな』になって最終的には『終子ちゃんめちゃくちゃ可愛い』になった。



狂っとる。
という結論を出さざるをえない。っていうか、状況からしてはなから狂っとるのだ。
そりゃあ俺だって寝ぼけ眼で最初に会ったときはめちゃくちゃ可愛いと思ったさ。認める。
しかし面堂だぞ? みんな忘れてないか? 奴は面堂終太郎だぞ?
女の子ならなんだっていいのだろうか、まったく、男として見果てた根性だ。
俺は女の子の一人一人を理解した上で尊重してそれぞれにきちんと愛している。(気が多いのは認めるが!)
面堂が女の子になったって追い掛け回す理由がないのだ。


「……ついていけん」

今日で何度目かのあきれたため息をついて、教室の向こうで女子に囲まれて困っている彼女(?)を見る。
女子もすっかり面堂のことを女の子扱いしていた。
しかしじっくり見れば見るほど「見た目は!」めちゃくちゃ可愛い。
こいつ、女に生まれてももててたんだろうな。
もし面堂がもともと女だったら俺もクラスメイトと同じように奴を追い掛け回していたかもしれない………と考えて、いやいやいや、もしもの話なんて意味のないことを考えるのはよそう、と変な方向に行きそうだった自分の思考回路をぶっつりと切り落とした。


……フクザツだ、ひじょーに。











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