二十五 | ナノ




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「めーるあどれす?」


橋本は確かに眼鏡をしていたが、牛乳瓶の底ほどは分厚くないし、眼鏡を外せば、いや眼鏡をしていたって別に、そこそこの顔をしていた。
思ったよりも背が大きくて、猫背じゃないのに、いつも首が少し倒したように曲がっている。勉強のしすぎだろうか。
図書館を出て、戸口から少し離れたところに何故かソファが置いてある。そこの前に座りもせずに突っ立って、橋下が急に、「あの、アドレス教えてもらえないかな、携帯の」と言った。

「なんで?」
「なんでって……。メールできたらと思って」
「だから、なんで」
「学校で話す機会がないし」
「話すこと何かある?」
「えっと……、これ断られてるのかな」

意味不明瞭な橋下の発言全てに、頭の上にはてなマークを浮かべまくってしまう。

「断るも何も、僕、携帯持ってない」

橋本はずっこけるポーズをして見せる。少し古くないか?

「本当?」
「本当だよ。持ってるって嘘ならまだしも、持ってないなんて、わざわざかっこ悪い嘘、誰がつくもんか」

携帯を買ってくれと親にさんざん、中学の時から言ってるのに、高校に入ったらね、二年になったらね、と先延ばしされ続けている。もう親なんてあてにしないでバイトでもできたらいいけど、転校先でこんな忙しい委員会に入らされるとは思ってもいなかった。
橋本は少しずれた眼鏡を直しながら、はは、と笑い声をあげた。
僕は少し不愉快になる。こいつんちは何の苦労もなくて携帯なんて持ってるのが当たり前なんだろう。

「なんだよ」
「いや、君が、思った通りの人だから」
「はあ?」

まだ少し笑ったまま、橋本は僕をまた見た。

「君、頭がいいだろ。すごく。だから気になってた」
「……お前に言われても、嫌味にしか聞こえないけど」
「教科ごとで競ってたのはいたけど、こんなに全教科、ほとんど負けたことなかったんだ。だから、君が急に来て、嬉しかった」
「負けて嬉しいの?」

変なやつ。マゾヒストなのかな……。少し引く。
橋本はまたちょっと笑って、

「尊敬できる人に会うのって嬉しいからさ」

と言う。

「尊敬?」
「尊敬っていうと大袈裟だけど。自分の知らないことをたくさん知ってるかもしれない人というか」
「それが? 僕ってこと? 橋本、僕のこと尊敬してんの?」

橋本はまた吹き出すような素振りをして、「小学生みたいだな」と僕を見て微笑んでいる。

「馬鹿にしてるだろ」
「してないよ。多分、君のこと好きだ」
「はあ?」
「テスト終わってからでいいから、返事もらえるかな。君のことすごく気になってる。もっと知りたいし、できたら付き合ってほしい」
「は?」
「邪魔してごめん。図書室って私語厳禁だからさ」

先に戻ってるよ、と言って僕の横を通り抜けて、すたすた歩いていくのを呆然と眺めた。

は? 今のは?

僕は一人突っ立ってまだ考えていた。
人気のなかった廊下にようやく生徒が一人通ったが、僕をチラリと見て訝しげな目を向けた。

好きって、付き合ってほしいって。
あれか、漫画とかドラマで出てくる、コクハク、みたいなやつみたいじゃないか。
というかむしろそれそのものじゃないか?

もしかして僕、今、橋本にコクハクされたのか…………?!!??!?!?!







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