二十六 | ナノ







「お前ってやつは……」

校門前、歴史を遡ればのべ何万の生徒がその靴底を減らしたか分からない大地の上に正座したあたるを見下ろして、古い木刀を肩に終太郎は大袈裟に顔を顰めた。

「時間通りに規定の服装で登校するということが何故できないんだ?!!?毎日毎日、同じことを言わせないで欲しいものだ」
「じゃ、言わなきゃ良いだけじゃん」
「あのな!!」

悪びれもせずけろりと言い放つあたるのすぐ傍に終太郎は木刀を振り降ろす。
「おわっ、あぶねー……」
正座したまま飛び跳ねて避けると、抉れた地面を見て「物騒なもん振り回すなよ」とあたるは軽く呟いた。

「お前のほうがよほど風紀乱してんじゃねーか」
「貴様が何度言っても時間を守らんからだ!」
「ダーリン、まだやってるっちゃ?」
「ラムさんっ」

ピロピロと音を立ててラムが教室から様子を見にきた。ちょうどあたるに向かって木刀を振り上げた終太郎が向き仰いで声をあげ、それを慣れた手つきで白羽取りしたあたるが、片手の指で向かいの終太郎を指差した、

「よー、ラム、こいつどうにかしてやって、学校破壊しだす勢い」
「貴様には言われたくないぞ!!!」
「2人とも毎朝毎朝飽きずによくやるっちゃ」
「一緒にしないで下さいラムさん!?!?!」
「つってさ、こんなことしてるうちに、お前もホームルーム遅刻すると思うけど……」

キーンコーンカーンコーン。
狙い澄ましたようにそのタイミングで、2人の頭上のスピーカーからチャイムの音が降り注ぐ。8:45、ホームルーム開始時刻だ。

「なっ……?」

愕然とした終太郎が刀を取り落とし、頭を抱える。

「な、何い?!!??!?! こ、この僕が遅刻!!?!??!?! 転校以来無遅刻無欠席なのに!!!!!?!??!」
「ばかじゃねーのお前まじで?」
「貴様には言われたくないっ!!!!!!」
「うち先行くっちゃー」
「ああっ……ラムさん」

ピロピロ音を立ててラムは3次元的最短距離で2階の教室まで飛んでゆき、チャイムが鳴り終わる前にその窓辺に姿を消した。テニスコートとバスケコートを迂回し、昇降口の階段を登り靴を履き替え、廊下の端まで行って階段を登って、2年生の教室までーーーー歩くしかすべのない二人には当然、走っても到底、開始に間に合うはずはない。

「何故僕がお前と一緒に遅刻を……!!!」

終太郎が早歩きで教室に向かいながら、肩を怒らせて憤慨しているのを、あたるはとぼけた顔で見て、くたびれて中身のほとんど入っていないカバンを下げたまま、頭の後ろで腕を組んだ。

「別にいーじゃん。一回や二回の遅刻」
「良いわけがないだろ!!!?!?! この面堂終太郎にそのようなことが許されるわけ……。大体!貴様がそうだらしなくさえなければっ……!!!!」
「もー走ったって間に合わないんだからかゆっくりいこーよ」
「そーゆー姿勢が駄目だと言ってるんだっ!!!」

別にいーじゃん、とあたるはもう一度同じことを言う。走らなくても、早歩きしなくても、むしろ別に教室なんて行かなくてもいいのに、と考える。どうせ遅刻だ。一限か二限か、昼までとか、いや今日一日全部だって、このままサボってもいいのに。
こいつって、なんでこんな真面目なのかな。タバコ吸ったことも酒飲んだことも、賭け麻雀したことも、ゲーセンとか行ったこともねえんだろうなー。どーせ遅刻なのに、慌てふためいて廊下走んなくたって。ていうか、泡食って廊下走ってる時点でさ、校則違反じゃん。いけすかないことに学業だけでなく運動神経も抜群の面堂終太郎君には、とても追いつけない。追いつく気もない。廊下の端に差し掛かり、階段を登りはじめる。
白い学生服がずんずんと階段を登ってゆく。もう転校して2ヶ月にはなるのに、いまだに規定の制服に着替えない。これだって立派な、というか遅刻なんかよりめちゃくちゃ目立つ、校則違反じゃないのかよ。こんな庶民の学校の制服は着る気にもならないのだろうか。
変な奴。
どんなに急いでいても背筋の伸びた白い後ろ姿を無気力に眺めていると、ふいにその顔が振り向いて手が伸びてくる。

「遅いぞ! 何をたらたらしてるんだっ」

数段降りてきた終太郎に腕を掴まれてぐいと引っ張られる。意外と力が強いので、思わずびっくりする。
ていうか、別に一緒に行かなくてもいいじゃん。お前一人で走って行けば。言おうとしてあたるは口を閉じる。

変な奴。

構わず一人で走ったほうが、まだ早く着くのに。
てかどーせ遅刻なんだから、ゆっくり行こうってば。
こう言ったら、どうせまた、馬鹿とかだらしないとか言われんだろうな。

2年にあがってすぐのこの春、転校してきた妙な奴。
白い学生服に、風紀委員の赤い腕章をつけて、毎朝校門前に立ってるこの男ことをあたるはまだよく知らなかった。家柄、財産、頭脳に容姿、学園中の女子からの憧れの視線まで、何から何まで手にしている嫌味な奴だということくらいしか。

でも、この数ヶ月で、何百回と馬鹿呼ばわりされたけどーーーーこいつ本当は、俺より相当、馬鹿なんじゃないか?
面堂終太郎。
名前からして、なんか変だし。









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