二十四 | ナノ





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テスト一週間前。



この時期から、学生は職員室に出入り禁止になり、部活動・委員会活動はすべて例外なく休みになる。
時間が空いたのをいいことに放課後遊びに出かける不届き者も多いこの学校だが、生徒の行きそうな場所には教師たちが待ち構えているのだった。(そこまでするか?)
そこでひっかかる生徒が多すぎて、テスト後には毎回繁華街での我が校生徒の風紀の乱れが委員会で議題に上がる。今回もきっとそうだろう。

「純一郎、かーえろ」
「図書室寄ってくから無理」
「またあ〜!? あんな陰気臭い場所」
「と、いうか、なんで一緒に帰るのが当然のように声をかけてくるんだ!!?!?!」

倉田だ。
5限終了のチャイムが鳴るや否やすっかり帰宅準備の整ったバッグを軽々肩にかけて、僕の机に寄ってくる。テスト前なんて構わず教科書類なんて全部置き勉だから、多分本当にバッグは軽い。

「だって方向一緒じゃん」
「門を出て最初の角だけだろ、生徒の半数が一緒だぞ」
「細かいこと言うなよ〜」
「全く細かくない」

こんな意味のない会話をする数分ですら惜しい。
移しきれなかった板書の細かい字を書きつけ済んだノートを閉じ、カバンにしまう。

「とにかく、試験終わったら遊んでやるから今は勘弁してくれ」
「え、じゃ試合見に来てくれんの!?」
「行ってやるから」
「まじ!!??????」

うえ〜い、などと奇声を上げながら周囲の関係ないクラスメイトにハイタッチを迫っている。あほか。カバンを持って立ち上がる。

「じゅんいちろー、むりすんなよー」

背中から声が聞こえた。手を挙げて返事とし、教室を後にした。











こんな学校だから放課後図書室で勉強をする生徒なんてごく僅かだ。
毎回テスト前にここに来るようになると、面子が大体固定されているのがわかってくる。
お気に入りの席もそれぞれあるらしい。

(……いた)

多分、校内で一番、というか唯一の静謐を保つ部屋。
独り言は声に出さずつぶやいた。
今回のテストの僕のライバル――――橋本もここのレギュラーメンバーの一人だ。
入ってすぐの大棚を右に曲がって、貸出カウンターと横並びに向こうの壁まで置かれた長い机の、一番奥の席。
僕は特にこだわりがないので両隣が空いている席を適当に選んで座るのだが、今回は先ほどの大棚のすぐ後ろに置かれた8人掛けの大きなテーブルが、端に1人しか座っていなかったので、その先客と対角になる場所に鞄を置いた。

4科目はもう完璧だろう。
問題集もそれぞれ4週はしたから、胸を張って言える。
そちらも引き続き仕上げはしていくが、ここからの大きな課題はやはりーーーー国語の記述問題だ。
もちろん対策はしている。
小論文の書き方、記述問題の要、なんてタイトルの学術参考書を買ってみたり、難関大学の入試過去問の国語の問題を何年分も解いてみたりした。
傾向をつかむために黒田先生出題だった過去のテストを見直したり、しのぶ先輩に頼んで一年前の過去問題を見せてもらったりもした。(きれいにファイリングしてとってあるのは、さすがしのぶ先輩だ)

――――しかし。

(やっぱり、不安だ)

答えや解き方の公式を暗記すれば紐解ける問題とは違う。
過去問を見て、解けるようになったって、同じ問題が出るはずはない。
絶対の正解がなく、解答例もただの一例に過ぎない。
絶対の正解がないのに100パーセント勝つなんて……できるのだろうか。

(だめだ、不安になってちゃ)

とにかく頑張るしかない。
倉田に自分で言ったじゃないか、備えあれば憂いなし、って。
教科書とノートを開き、シャープペンを持つ。

文字を読み始める。
集中しやすい静かさだった。
時々聞こえる制服の音、遠慮がちな咳払い、携帯のバイブレーション、ほかの人がいる微かな気配。
鉛筆を走らせる音、ページをめくる音、古い紙や布の匂い――――。

なんだか落ち着く。
そうか……似てるんだ。
先輩のいる、あの委員会室に。

全然違う場所で急に思い出し、懐かしいような、寂しいような気持ちになった。

(……もうあんな風には……会えないかもしれないな)

だめだだめだ、首を少し振って邪念を追い払う。
今は勉強に集中しなくては。
減った芯を、シャープペンシルの先を顎で押し、ノックした。
意識が視界の端を向こうとする。
首を左に向けると見える部屋の隅、奥の「郷土資料」の棚の端にある、学内資料の一角。


(……だめだだめだだめだ、集中集中)


意気込んで国語に戻ろうとしたその時、
「あの」、と肩をたたかれる。

声も出せず驚いて振り向くと、思いもよらぬ人物がそこに立っていた。

「は、橋本……?」
「ちょっといいかな」


何が何だかわからないまま、図書室の戸口を指ししめす橋本に、とりあえず頷いて腰をあげた。









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