二十三 | ナノ






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「あたるだ」

珍しくない?ここいんの。
まともな挨拶もなく隣に腰を下ろす。
夏の鋭さはないが、気温の高い晴れの日だった。上空の高気圧が風をまとって雲を飛ばし、快晴。
さすがに屋上は少し風が強かった。

「5限眠いよね」
「邪魔すんなよ」
「あたる何してんの?」

寝そべって空に携帯を向けて画面を操作している。こちらからは見えない。

「テスト勉強」
「絶対違うやつじゃんそれ」
「に本腰を入れるべく、」
「うん」
「色違いアチャモのゲットに励んでる」
「まだポケモンGOやってる人!!!??」

わるいかよ、と言いながらごろんと寝返りを打って背中を見せた。
制服が汚れるのも意に介さないようだ。
ポケモンGO……さすがに周りでまだやってる人はうちの隣の散歩好きのおじいちゃんくらいだ。
さすが、頓着なさそうでその実一度惚れ込むと長い性分のこの友人らしい。

「あたるまだここ来てたんだ」

ん〜ともあ〜ともつかない声が返ってくる。

「今年からは風紀委員の部屋でだらだらしてるんだと思ってたけど」

外も涼しくなってきたからな〜、と猫背の背中が返事をした。
引っ張られた制服のスラックスの裾からワイシャツだけでなく背中まで見えている。
……今日の最高気温、26度。涼しいとはいいがたい。

「しのぶ怒らせた?」
「めっそうもない」
「じゃあ純ちゃんだな」
「まじでうるさい、コースケ」

邪魔すんならでてけ、と不機嫌そうに言う。
図星をつかれるとうそのつけない男だ。

「お前の場所じゃないだろ」
「今日は俺が先客」
「でもそもそも、ここ見つけたの俺と面堂だしね」
「……どこまで遡って権利主張すんだよ。そんな紀元前の話覚えてるわけあるか、お前はアダムとイブの子孫だから人類全員家族だとか言い出すタイプの奴か?」

動揺したのが手に取るように分かった。突然いやに饒舌になる。
分かりやすい友人だ。

「鍵直そうと思えば俺いつでも直せるし。あたるがここ来れるのも俺のおかげだからね」

実際、明日にだって業者を呼べば鍵は直せる。
風紀委員と違って生徒会が予算が潤沢にあるからね、と嫌味を付け足した。

「コースケ……。お前がそんな奴だとは」
「知ってるでしょーが」
「知ってた」

伸ばしっぱなしの横髪が風に動いて、乾燥気味の肌が少しチクチクした。

「懐かしいねえ」
「だから、覚えてないって」
「なにを?」
「何をって……」

シラを切って押し黙った友人の背中を見る。
そこから遠くに視線を動かすと、向こうのフェンスの先、学校から伸びるのぼり坂の中腹、近年中層階のビルやマンションが相次いで新築されているエリアに、ひときわ目立つ大きな看板がこちらを向いて立っている。TVCMで、雑誌で、街中でどこにいっても目にする超大手財閥の手がける不動産事業の広告だ。

「アチャモとれた?」
「余裕。50は取った」
「そんなに必要……?」

空が青い。
天気の良い日にしかここに来ないからか、いつも、ここでフェンスに切り取られてみる空は青かった。
あたるとここで話すのはいつ以来だろう。
こいつはずっと変わらない――――良くも悪くも、だ。
あの頃を違うことといえば、俺たちは3年生で、受験生で、来年にはここにはいないというだった。
来年の今頃はこの制服ももうとっくにお役御免、クローゼットにしまわれているか、ゴミ袋に入れて物置にでも追いやられているか、もしくは本当に捨ててしまっているかもしれない。
俺たちだって、学校にいないどころか、この街にいない可能性だって十分ある。
ま、俺は東京の大学いくから、この辺にはいるだろうけど……こいつはどうだろうか。

風に呼ばれるように顔をあげると前髪が避けられて額に涼しい空気が触れた。
派手な色合いの看板から飛行機雲が伸び、少し上を旅客機が南下していた。

人にはそれぞれ、生きる世界がある。
学校という場所が特殊なだけだ。
たまたま、偶然、本来なら知り合うよしもない相手が、狭い教室で生活を共にしている。
その後の人生で袖の端すら触れ合わないような、違う世界に生きる相手が――――

「お前、いつまでいるんだよ」

隣から不満たらしい声が聞こえた。

「あたるこそ、アチャモ捕まえたじゃん、テスト勉強しろよ」
「まだ、レイドバトル始まったから無理」
「はあ……」

二週間を切ってもこの余裕。
ただのバカかよほどの傑物か……こいつのことはいまだに決めかねている。







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