21 「それで、今に至る?」 「そうだよ」 問題集を片手に歩く僕の隣で、うっとおしく倉田が喋りかけてくる。 「訳は話したから邪魔するな。て、いうか、移動教室くらい一人で行ったら?!」 「なんだよさみしいこというなよ〜。勉強は家でもできるじゃん〜」 「学校で勉強しないやつは家でもしない」 「よくお分かりでー!!!!」 「少しは勉強したら?部活は放課後でもできるし」 「お!!!!!もしや秋の大会補欠でレギュラー入っちゃった話聞きたいかんじ!!!?」 いい波のっちゃったんだよこれー!!!と一人で突然騒ぎ出す。 うるさすぎる。 露骨に眉間に皺を寄せると、「何その顔。隣人の幸福を素直に喜べないと石を投げられるよ?」と肩に手を置いてくる。 ……いろいろ違う。 しかし、補欠とはいえ1年でレギュラー入りは大したものだ。そういえばこうして歩くと身長も伸びて肩ががっしりしてきたような気がする。 「おめでとう」 「で、言いながら手を払いのけないー!」 「すごいじゃん」 「お?……まあね?ありがと」 「試合はいつ?」 「テストの一週間後…え、もしかして見に来てくれる系だったりとかのやつ?!!!!?」 また声がでかくなってきたので睨み返す。 「倉田の試合より僕のテストの方が先!だから!邪魔をするな!」 「僕のテストって……俺も受けますけど」 「じゃあお前も勉強をしろっ!」 「つったって、まだ3週間も前だぜー。じゅんいちろー。さすがに早すぎっしょ」 「備えあれば憂いなし。だ」 「今覚えた分テストの日絶対忘れてるって」 「それはお前が鳥頭だから」 なんたって敵はあの橋本だ。 ……橋本龍太郎。順位表の先頭にほぼ大体いつもいるあの名前。 今時メガネってだけで少数派なのに、そのメガネが牛乳瓶の底も真っ青な分厚さだという。 寄ってみたことがないので真偽のほどは定かでないが聞くところによると広辞苑ほどの厚さだそうだ。 そんなの絶対コンタクトにしたほうがいいと思うんだけど。 まあ、容姿のことはさておき、彼の頭脳は間違いなく本物だ。特に文系科目での点数の安定には目を瞠るものがある。 僕は主に理数系を得意としているが(もちろん、文系科目だって常に一桁順位である)、彼は逆に文系科目――中でも国語に強いようで、問題の作りに難易度が左右されやすく平均点がかなり変動するなか、彼の点数が95点以下を下回るのを見たことがない。 僕は国語が一番苦手だ。 特に、黒田先生の国語の問題が大の苦手だ。登場人物の心情の記述や最後の小論文に点数の重点を置いてくる。そこでいつも点数が取れないのだ。今回のテストは黒田先生が問題作成を担当するという噂である。 「全教科で1位ってそんなん実質全教科100点取れっていってるようなもんでしょ。無理ゲーじゃん」 「無理じゃない。」 「全教科で1位とれなかったら?委員会滅亡??!?」 「結果的にはそうなるのかも……。予算が3割になるから」 「委員会の予算ってそんなにいる〜?!」 「うちは……先輩達のせいで備品や委員会室が破損しがちなんで……その修繕に…」 「風紀委員やばすぎじゃん。それもう滅亡したほうが学校のためじゃねー!!??」 「ほっといてくれる」 僕だって、提案したのは次のテストで「学年1位」になること、だった。 しかしそれに対するサクラ先生の返答は思いのほか厳しかった。 既に組まれた屋さんを、サクラ先生管轄の3委員の中でほんの少し手心をくわえてその配分を調整する。要するに、校長の目をちょろまかしてサクラ先生に多少の無理をしてもらうのだ。 実際、サクラ先生が学校から多く金をふんだくるわけではない。年間委員会費の通達だって校長直々ではなく、管轄の教員から伝えられるのが通例だ。彼女のテリトリー内で独自に予算をプールするだけだから、バレる可能性の方が少ない。 しかし、校長の決を無視するのは、おそらく軽いことではないだろう。もし露見された時のことを考えてみると……。我が校の風紀委員会に、サクラ先生がそこまでする価値があることを証明する、説得力のある理由が必要になる。テストの結果であれば圧倒的な成績――つまり、わが校に進学実績という点で圧倒的な貢献を、風紀委員が成しうるということを誰の目にも明らかにしてみせなければならない。そのための「全教科1位」だ、と。 英語や社会はきっと勝てる。やればいいだけだ。 ただ……国語だけはどうしても自信がない。 だからいくら備えても足りないということはないのだ。 「てーかそもそも諸星先輩が委員長なんだからあの人が何かやればいいんじゃん」 「……もうほっとけってば。」 先輩のこと、この前話した時のこと、来年の委員のこと。 思い出して意味もなく気恥ずかしくなる。 言われたから頑張るってわけでもないけど……。 そういえばあれ以来先輩に会ってない気がするなあ。 委員会室にもいないことが多いし。(別にいいんだけど) → |