18 オンボロの印刷機はけたたましい音を立て、輪郭が見えないほど小刻みに振動しながらなんとか稼働しているようだった。 「大丈夫なんですかあ、これ」 「全然。あと10年は使えるだろ」 「はあ〜……?」 10秒後にはご臨終って雰囲気醸し出してますけど。 先輩はご老体の印刷機に対して、無慈悲にもものすごい速さで原稿を流し続けている。 斜め後ろに立っていると、さっきのぴょこぴょこ出たり入ったりしていた襟足がまたよく見えた。……そういえば先輩、髪伸びたかも。前髪もいっつも片目隠れがち。髪切ったらどうかなあ。でも長いのもいいのかも。上級生って感じするし。 ぼーっとしてたら印刷機が吐き出した印字済みの1枚がトレイからあふれ出して数枚足元に滑り落ちてきた。 「あ、」 拾おうとしたらすぐ右から先輩の手が伸びてきて、指がぶつかった。 「あ、悪い」 「え?いえこちらこそ」 ぱっと手を離したら、しゃがんだ先輩の顔が思いのほか近くにあって、おでこがぶつかりそうなことに気が付く。 プリントは先輩が勝手に拾ってまた印刷機に向き直った。 ……。 立ち合がることもできないまま唖然としてしまう。 先輩が謝った……。あの先輩が…………。 見上げた先輩の横顔はしかし、いつも通りで脱力した無表情に見える。 「先輩……」 先輩がこっちを向いた。 「え?何?」 印刷機の音でよく聞こえない。 「何かあったんですか……?」 「え? だから何?」 全然聞こえない。 仕方なく立ち上がって近くに寄って声を張り上げた。 「先輩、なにか、あったんですか?!」 「あ? なんで」 「先輩の、様子が、おかしいので!」 「は?! 一緒だろいつもと」 「絶対!違います!別人です!」 先輩がおかしなものを見る顔で僕を見下ろした。 しばらくそうした後、また新たな原稿を入れて、スイッチを押しながら先輩が言った。 「……お前髪伸びたんじゃないの。切れば」 「え?何ですか急に! 話を逸らすのやめてもらえます!!!!?」 「逸らしてませーん。あと規則だからって今日からセーター着用ってありえないだろ暑すぎ」 「は!!?規則守って何がいけないんですか!!?ていうか風紀委員の委員長なんだから先輩こそ率先してセーター着るべきなんじゃないですか!!??褒められこそすれありえないとか言われる筋合い全くないんですけど!!!!!先輩だって突然学ラン着てきてなんなんですか????!!!!!!!!」 「だ〜〜〜ただでさえ印刷機がうるせえのに大声出すなようるせえな…」 「しかもだいたい、髪伸びたのは先輩のほう!!!!!!!!!!!!!!!!」 ピタッと印刷機が最後の印紙を吐き出して動きを止め、静寂の中僕の大声が響き渡った。 「……だと思います…」 廊下の端まで聞こえるくらいの大声だった。 「鼓膜破れるかと思った…」 「い、印刷機のせいです!」 「いやお前が出した声だろーが。しかも、別に髪伸びてないし」 トントンとプリントの束の端を揃えて、半分持て、とずいと差し出される。 否応なく受け取って部屋を出るけど、半分にしては少ない。 「いや、めっちゃ伸びてますから。ていうか僕の方こそ特に変わってない……」 「は?そっちこそめっちゃ伸びてんじゃん。夏こんくらいだったじゃん」 プリントを脇に部屋の鍵を閉めた先輩の、空いたもう片方の手が不用意に伸びて僕の顎の少し上の頬をかすめた。 一瞬なんだかびっくりして、息を止めてしまう。 目が合ったから悟られないようにこちらも先輩の前髪を引っ張った。 「先輩こそ夏は前髪こんなになかったし、このくらいでした!」 「いたいやめろ。夏ももうちょっとあったわ」 「そうですか? このくらいだったと思うけど」 「抜ける抜けるやめろほんとに」 迷惑そうな顔のわりにはかなり弱い力で、先輩が僕の手を払った。 |