十一 | ナノ






11

『えーでは、本日の体育祭の順位を発表します』

スピーカーからノイズまじりの声が響いて、校庭に整列した生徒たちは一挙に静まり返った。
各委員の委員長と副委員長の立ち位置は朝礼台の並びで、全校生徒と対面する姿勢になっているため、一気に得点表に向けられた600対以上の眼力の勢いは思わずたじろぎそうになるほどだった。

「……みんな真剣ですね……いつになく」

そのいつになく厳粛な場に水をささぬよう声を落として、隣の委員長に話しかけた。

「もー大体順位なんて分かってんのにな」

順位は3学年協同の縦割りで競うことになっている。自分は4組、先輩は2組だ。

「4組はうまくいきゃー1位じゃないの。」
「どーだろ。順位なんてどうでもいいんですけど。」
「そういう奴に1位を取られる屈辱ったらねーよなー」
「1位の特権なんて、掃除半年免除とクラス費用が多くもらえるってだけじゃないですか」
「それがいいんじゃん」

欲のない奴だな、と委員長は笑ってから、ぼそりと付け足した。

「しかし今年に限ってはお前みたいのが勝ち組ってことになるな。」
「? 何でですか?」
「今年は縦割り順位はナシ。」
「?? 今まさに発表してますけど?」

ちょうど校長は第六位(つまり最下位)のクラスの得点を読み上げたところだった。

『第六位、総合得点102点――――n』
『ちょっと待ったああああああああああああああああああああああああああああああ』
『!?!?』

キイイイイイイインという酷く甲高い電子音波が大音量で響き渡り、グラウンドにいた全ての人間は体中の毛を逆立てて面食らうと共に自分の両耳を慌てて塞いだ。もちろん校長も例外ではない。
それをしなかったのは――――声の主である白井先輩と、あらかじめ知っていた委員長の二人だけだった。
白井先輩は用意していたマイクに向けてありったけの力で叫んだ後、朝礼台の上の校長の手から順位の書かれたカンペをひったくりその場で粉々に破いてしまった。(校長はいまだに耳がキンキンしているらしく全く反応しない。)で、先輩はというといつの間にか隣からいなくなっており、気がついたらどこから取り出したのか大きな木製のハンマーで朝礼台の脇の得点板を盛大に破壊していた。
「あ、あわわ……」
まさに、目にも留まらぬ早業だった。

『あー、あー、マイクのテスト中!』

ビーッ。マイクの音が鈍く響き渡る。未だ唖然としっぱなしの全校生徒に向けて委員長は気取ったしぐさで一つ咳払いをしてから、とうとうと語り始めた。

『えー学生諸君。本日は実にごくろーであった。皆一様に励ましあい、努力し、各々青春の一ページを飾るにふさわしいかけがえのない思い出を作ったことであろうと思う。このような炎天下に走り回ったり網を潜ったり玉を投げて籠に入れたりなどという一見馬鹿げた行為は大人になるとなかなか素面でできるもんじゃあない。本日奮わなかったもの、実力を出し切れなかったものも、今は悔しさにうちひしがれているかもしれないが、その顔をしっかりと上げてほしい。この経験はきっと君たちが大人になったとき、輝かしい栄光の日々の一つとして、胸の中に――――』
「黙れーーーー!!お前一体なにやってんだドアホーーーーー!!!!!」
『……うむ。にわかに騒がしくなってきたな。落ち着いてほしい。委員代表各位!』

先輩があまりに平然と語り続けるものだからようやくみんなも文句を言える程度には平常心を取り戻したらしかった。委員長はくるりと身を翻してこっちに並んでいるそれぞれの委員長・副委員長達を見た。

『風紀委員が一月ほど前に集金に行ったのを覚えているだろうか?』

そこですかさず白井先輩が近くにいた環境委員の委員長の口元にマイクをあてがった。

『ああ、諸星が急に来たよね。「校長からの通達で用材費の集金」って……』

環境委員長は汗でずり落ちそうな眼鏡を人差し指であげながら答えた。

『そうだ! で、結論から言おう、それは嘘だ!!!!!!!!!!』
『ハア!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?』

キイン、と眼鏡の環境委員長の叫び声でマイクが悲鳴を上げる。しかし叫んだのは彼ばかりでない、むしろ自分も同時に叫んだ一人だった。

『諸君、静粛に! しかし落ち着いてほしい、用材など及びのつかぬほど、君たちの捻出した費用は有意義に使われた。そしてそれを今からお目にかけようと思う』

さっきまでそこにいたはずの白井先輩が、どこからともなく布のかかった大きな物体を載せた台車を引いて朝礼台のすぐ横に止めた。
それを確認し、二人は目配せしたあと、委員長は盛大なキメ顔でまた喋り始めた。

『少年老いやすく、学成り難し。偉大な先人の御言葉を君たちも一度は耳にしたことがあろうと思う。まさしくその通り。我々は若い。そして若さは一瞬だ。青春時代に駆け抜ける鮮やかな一瞬一瞬の記憶、それは指の隙間をこぼれ落ちる海辺の砂のように儚いものだったとしても、我々の血となり肉となり、生涯我々を生かすことだろう。そう……それはまるで――』

ここで委員長が勢いよく右手を広げた。それに応じて白井先輩が大げさな動作で台車の上のものにかかった布をひらりと取り払った。

『夏の日の、花火のようにっ!!!!!!!』

なんと、出現したのは、晴れ渡った夏の空に向け屹立するひとつの大きな黒い筒――――そう、打ち上げ花火だった。
予想だにしない展開に全校生徒は唖然とした。当然だ。
諸星先輩の規格外れの言動にすっかり慣れたと思っていた自分もさすがに驚いた。と同時に、(そのタイミングどんだけ事前に打ち合わせしたんだよ……)と呆れている自分もいたのだが。



















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