十 | ナノ



10


「あー、一組の鮎川やっぱ可愛いな」
「あいつあれで成績もいいもんな〜、俺は二年のひかるちゃん派だけど」
「お前ロリコンだろ」
「あたるはなびかなそうな奴好きだよな。どM?」
「ダーリンはうちが好きだっちゃ?」
「はいはい」
「そういえばラムちゃんは何出たのー?」
「うち、綱引きと障害物競争!」
「出たっ。ウナギ構文」
「なんだっちゃそれ」
「こいつの場合は電気ウナギな」
「おおあたるにしてはインテリなこと言うじゃん」
「だから、なんだっちゃーウナギってー」
「近頃の若いのはウナギも知らんのか」
「……」

委員長(とその首にまとわりついているラムさん)と白井先輩が好き勝手を言っている横で、しのぶ先輩の表情がどんどん曇っていくのが分かる。
校庭の隅の救護テントの端、「遺失物案内」と藁半紙の裏にマジックで書かれた御座なりの看板を掲げた一角に、体操着を真っ黒にした数人がずらりと座っているのは壮観であることだろう、とその中のひとりとして思う。


「で、どうしてみんなここにいるんですか。」

冷静に言ってみると、騒がしかった人たちがシーンと静まり返る。

「おかしいでしょうがっ! 今の時間の当番は自分としのぶ先輩だけです!!」

何がたまらないって、パイプ椅子2つ分のスペースしかないので狭くて仕方ないのだ。
しかし怒っても全くこたえないようで、常識はずれの面面は面倒くさそうに頬杖をついたり机に顎をつけたり各々好きにだらけた姿勢で返事をした。

「疲れたんだもん」
「ここ日陰だし」
「ランちゃん日焼けしちゃーう」
「うちはダーリンがいればどこにでもいくっちゃ」
「そうねえ……」

しのぶ先輩が怖いくらいニコニコしている。

「生徒会の人たちはまだしも、ラムは帰ったほうがいいんじゃないかしら?」
「きゃー。おばさんの嫉妬は醜いっちゃ。」

ラムさんの分かりやすい挑発に、しのぶ先輩の手の中で鉛筆がボキッと音を立てて二本になった。

「だーれーがおばさんですってええええええええええ」
「すくなくともうちより一つはおばさんだもん。ねーダーリン」
「知るか」
「今日という今日は我慢できないいいっ年下だからと思って甘くみてあげてたけどもう堪忍袋の緒が切れたわっ!!!」
「おばさんこそいつまでもダーリンの彼女面するのいい加減やめるっちゃー!」
「あーもー狭いんですからこれ以上……」
「ラムちゃん元気ねえ」
「あたるが止めろよ」
「えー疲れた……」

自分ももう怒る気力が残っていない。
そう、我々は先ほどのリレーで満身創痍なのであった。
はじめからスムーズにいくなんて思っていなかったけれど……。
スタートを務めた委員長は、転びそうになった女の子を助けたかったのかそれに乗じて抱きつきたかったのか知らないが共倒れでビリになり、そこに場外からラムさんの電撃が飛んできて黒こげになりながら一位に一周以上の差を付けられてバトンタッチ。続く走者も善戦したものの神様のいたずらとしか思えない不慮の事故に相次いで見舞われ、アンカーの自分にも依然断トツのビリで襷が回ってきたのであった。

「しかし、小泉くんはスポーツ万能なんだねえ」

白井先輩が思い出したように話しかけてくる。

「いやあ。先輩のこと抜かせませんでしたし」
「あれは一番ランナーの時点で差がつきすぎてたからね〜」
「お前のたっての希望でアンカーを任せたのに俺は委員長として情けないぞ小泉」
「いや希望してないですし! しかもどう考えてもあんたのせいなんですけど!!!」
「純一郎くんの5人抜きかっこよかったわ〜」
「……ま、ビリからの2位ゴールはできのわるいお前にしちゃあ上出来だ」
「だから何様だあんたはっ!!!!!」

頭を叩くとさして痛くもなさそうに「いってーな先輩に向かって……」とぶつくさ文句を言う。でも嫌味まじりでも委員長に褒められると悪い気はしないから不思議だ。悪魔のくれる飴は甘いってやつかな。(違うか。)

「つーか、障害物っつたらお前も出てなかった?」

叩かれた頭を軽く抑えながら委員長がこっちを見てくる。

「出ましたよ。ラムさんはゴールまでひとっ飛びで一位でしたよ」
「さっすがじゃーんラムちゃん」
「お前は?」
「え? 三位でしたけど。」
「三位?」

委員長はきょとんと意外そうな顔をした。

「あんな足速いのにお前どんくさいんだな」
「し、失礼なっ、ぼくは――――」
「純一郎くんはランちゃんのこと助けてくれたのよねっ」

そこで後ろにいたランさんが割って入った。

「ランちゃん、網をくぐるときに髪が絡まっちゃってでられなくなっちゃって、そのときに純一郎くんが手伝ってくれたの。純一郎くんあのときはどうもありがとう」
「いやいやあのくらい…」

こうみんなの前で言われるとこそばゆいものである。頬を掻くとすぐ横から頬杖をついた委員長がこっちを見ているのが分かってなんとなく気恥ずかしい。

「女の子に弱いんだね〜小泉くんは〜」

白井先輩がなぜか自分ではなく委員長に向かってにやにやしながら言うと、委員長はふんと鼻を鳴らしてグラウンドに視線を向けた。

「?」

先輩たちは時々よく分からないやりとりをする。(もう慣れっこだけど。)
いただきから少し落ちた日の熱を平らに浴びるグラウンドでは、女子の縦割りリレーが終わって選手が退場するところだった。

「……お、そろそろだ」
「おー。」

白井先輩が思い出したように言うと委員長は頬杖をついたままにやりと笑って短く返事をした。

「何がですか?」

委員長はおそらく女子の麗しい太ももだの二の腕だのを目で追いながら、
「い・い・こ・と」
また短く返事を打って口を閉じた。












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