9 … 「はい」 最近有線でやたらと流れている流行りのJPOP。鳴り出すやいなや、隣で先輩はポケットから携帯を取り出して耳に当てた。 「おー。ああマジで。分かった。え、それはだいじょぶなんでしょ? 分かんないの? はは、そりゃないわ。分かった分かった今から行く」 電話を切らないうちからパイプ椅子を立ち上がってどこかへ行こうとする先輩の体育着の裾を慌ててひっつかむ。 「先輩! どこ行くんですか! 次、委員対抗リレーの入場待機の順番ですよ?」 「先輩は何かと忙しいんだって。リレーには間に合うよに戻ってくるから」 「ちょ、ちょっと……」 追う声もむなしく先輩は軽い足取りで救護テントを出ていって、すぐに父兄の人集りに隠れて見えなくなってしまった。 こんなときしのぶ先輩がいてくれればきっと止めてくれるのだろうけど(しのぶ先輩の言うことなら委員長は聞くような気がするのだ)、彼女はあいにく今行われている玉入れに出場している。ここからは一番遠くに見える黄緑色の鉢巻のクラスの、あの輪の端でいま布製の玉を一気に20個ほど投げたのが彼女だ。観客の沸く声がここまで聞こえる。……うん、けなげな女の子のひたむきなプレーに心を打たれたのだろう。 「あっ、純一郎く〜ん!」 しのぶ先輩のほうを眺めていたら逆方向から名前を呼ばれて振り返ると、ふわりと膨らんだピンクの巻き髪。 「ランさん」 隣のクラスのランさんだった。彼女はラムさんの幼馴染ということで知り合ったのだが、生徒会で書記をやっていてその筋でも何かと話すことがあった。 いつも可憐な笑顔で、仕草や物腰がとても女の子らしく、淑やかな印象を与える外見を持つ彼女の異性からの支持は絶大である。 「いいわね〜ここ。今日暑いから、ランちゃん日焼けしちゃいそう。」 「水分補給はまめにしたほうがいいですよ」 「そうよね。ランちゃん倒れちゃったらどうしよ〜。」 両拳を羽織ったジャージの胸元にもっていって「きゃっ」とポーズを取る。彼女のデフォルト・ポーズである。 「あ、そう、あのねえ、生徒会長さん見なかったかしら?」 「白井先輩? 見てないけど……」 「そう……。ちょっと見当たらないから、もしかしたら仲良しの風紀委員長さんのところにいるかなって思って、ランちゃん来てみたんだけど」 「うちのバカ委員長もさっきいなくなっちゃって。」 「あらそうなの? お互いたいへんね」 頑張りましょうね!とにこやかに手を振った彼女が、向こうに向き直った途端すごい形相でなにやら独り言を呟きまくっていたのは見なかったことにした。(あれ、知ってる男子どんだけいるのかなあ……。) しかし、白井先輩もいないとなると非常にクサイ。 あの二人がなにかしでかしてロクなことが起きた試しがないのだ。 『次は、一年生男子による学年競技「棒倒し」です。その次の「委員対抗リレー」に出場する選手は、黄色の入場門前に集合して下さい。くりかえします……』 「あ、いけない」 救護テントを出て黄色の入場門を目指す。まだ遠くに見えているその付近にはすでにわらわらと生徒たちが列を作っている。 「小泉くん」 「あ、しのぶ先輩」 歩いているところをトンと後ろから肩を叩かれ振り返ると、息を切らしたしのぶ先輩が横に並んだ。 「おつかれさまでした。大丈夫ですか?」 「玉入れの退場門が一番向こうだったからここまで来るのに疲れちゃった。あたるくんは?」 「それが……なんか電話がかかってきたと思ったら、どっか行っちゃって」 「ああーもうあの人は……」 しのぶ先輩はがっくりと落とした額を手のひらで支えた。 「リレーには戻ってくるって言ってましたけど」 「そりゃあそうよ。このリレーだけはあの人やる気まんまんなんだから」 「え? そうなんですか?」 「言ってなかった? これ後期の委員予算かかってるのよ。」 「はあっ!? なんですかそれっ」 「うちの伝統なのよ。だからあたるくんもコースケくんも絶対に戻ってくるはずよ」 「あれ、なんで白井先輩が一緒って知って――――いてっ」 頭の叩かれ方に覚えがあったので先輩だとすぐ分かった。というか、こんな挨拶をする人は先輩以外にいないのだけれど。 「そういうわけだから一位でゴールしなかったらしばくからな小泉」 「先輩!」 「小泉くんアンカーだもんね、頑張ってね」 「そんなんなら先輩がアンカーやればいいのに!」 「だめよ。あたるくん相手が速いとすぐ諦めるんだから」 「委員長はでなきゃいけないってルールは改正すべきだよなあ。」 「……っていうか、どこいってたんですか先輩」 「んー、裏庭。」 「ちょっとあたるくん、ほんとにやる気なの?」 「もっちろん」 「知らないわよーわたし……」 「え???」 よく分からないまま僕たちは入場門につき、座って順番まで待機した。 (向こうでは白井先輩がランさんにぐちぐちと嫌味を言われ続けているのが見えた。) |