6 向き合って立つ教室棟と教員棟を結ぶ連絡通路に折れる少し手前、窓から渡り廊下の様子がちらりと見えた。 見慣れた後ろ姿、の隣に、見かけない――――いや、どこか見覚えのある男の頭。 「しのぶ先輩、こんにちはー」 「純一郎くん。どうしたの、職員室?」 「今日、日直なんです。」 委員会の仕事などまともにやりゃしないものぐさな生徒の多いこの学校において、日直に課されたタスクはあまりに多かった。昼休みに校内を駆け回ることを必要とする程度には。 「大変なのよね〜、日直は」 「日直なんて黒板書き換えて後ろの奴に押し付けちゃえばいいのに」 「こら、生徒会長がなんてこと言うのよもう」 しのぶ先輩が彼の脇を弱く(見えるが食らった彼はめちゃくちゃ痛そうなリアクションをしていた)小突いたのとほぼ同時に、頭の中で合点がいく。 「…………あ、生徒会長…」 どおりで見覚えがあったはずだ。 しのぶ先輩の隣でへらへらと笑う、パーマをあてた縮れた髪で上背のある、そばかす顔の男。 いかにも、“生徒会長らしからぬ生徒会長”として、この“教育機関らしからぬ高等学校”の頂点に君臨している男だった。 「――お、もしかして」 生徒会長の彼(胸ポケットにつけられた白井という名札は角が欠けていた)は、意味ありげに僕を見てからしのぶ先輩まで視線を流した。彼女はその視線に含まれた意味を正しく汲んだらしい。 「ああそう、これが小泉くん。小泉くん、この人、知ってると思うけど一応生徒会長のコースケくん」 「一応ってひどいよねえ」 「はあ……」 笑いながら言われたけれど、ど、どう考えても一応としか言いようなさそうなんですけど。というかそれより、なにやら自分のことを知っていたような様子が気になった。そういえば、4月の頭頃に聞いた話では、諸星先輩と生徒会長は校内でも筋金入の悪友コンビだとか(風紀委員長と生徒会長が悪友同士なんて、なんという皮肉!)――――もしかして諸星先輩が自分のことを彼になにか言っていたのだろうか? 白井先輩は、やけに柔和な笑みを浮かべながら壁に寄りかかっていた背中を起こした。そうするとさらに上背が増す。 「へえ、そっかそっか。」 意味の分からない納得をしながら、ポケットに入れていた手をこちらに伸ばしてきた。 「?」 視線にまっすぐに手のひらが迫ってきた。思わず目をつぶると、あたたかくて大きな手が前髪を掻い潜って額に触れて、撫でるように上に滑っていった。 「確かに、似てるね」 目を開けた先にあった笑顔はなぜか寂しさをうかがわせる表情だった。 「そんな似てないわよ、思い込んでるだけでしょ。」 失礼でしょ、初対面なのに、と言ってしのぶ先輩は、彼の手を強引にどけさせた。上にあげられていた前髪がぱさりと視界に落ちてくる。 「……あの……?」 「ごめんね、この人ほんっと失礼なのよ、気にしないでね」 「あれ、しのぶ、言ってないの?」 「もういいから、純一郎くんが困っちゃうでしょ! ごめんね、あ、純一郎くん、早くいかなきゃ昼休み終わっちゃうわよ」 笑いながら言われたけれど、早くいなくなれと言われているようにしか聞こえない。よく分からないけれどこういうときはしのぶ先輩に逆らってはいけないのだ。 「失礼しました」とだけ言って、手を振る二人に会釈しつつそそくさとその場を去った。 渡り廊下の終わりで振り返ってみると、先輩たちはまた壁に凭れながら、でもさっきとはうってかわって深刻な面持ちで会話をしているようだった。 (なんだったんだろう) 先輩たち、という生き物は、時々すごく触れにくい。 額をそっとおさえてみる。 ふと、さっきの白井先輩の温かい手とは別の温度を、思い出す。 |