4 眼鏡を置いて鼻の両脇を指で抑える。 長時間の筆記はやっぱり、疲れる。 「……悪いわね、いつも手伝ってもらっちゃって」 「いや、しのぶ先輩のせいじゃ」 いる?と手のひらの苺模様の包みの小さなキャンディを差し出されたので、ありがたく頂いた。噛んで割る時の食感が好きだった、どことなく懐かしいキャンディだ。 「本当、委員長ってガラじゃないのにね。」 しのぶ先輩は口の中で飴を転がして発音をくぐもらせながら、隣の机に寄りかかった。 「諸星先輩ですか?」 「そう思わない?」 「……いやというほど思います。」 ふふっ。少し笑った彼女は下をむいた。まっすぐな髪がブラインドみたいに降りて横顔を見えなくする。 今も奴のサボった分の仕事をやっているというのに当の本人はいない。どうなってんだ、まったく。 「あたるくんって、ほんと、純一郎くんのこと、大好きなのよ」 「……」 えーと………理解に時間を要する発言だ……………………。 「ハアッ!? ややめてください何言ってんですかっききき気味悪い!!!!」 「あら。本当よ。あたるくん、純一郎くんといるととっても楽しそうだもの」 「からかって遊ばれてるだけですよ!!」 「うん、それが楽しいんだと思う」 「はあ…」 やっぱ“委員長のおもちゃ”ですか……。分かってはいたけれどしのぶ先輩にまで言われると軽くショックだ。 「あたるくんって、寂しがり屋だから。」 「……そうですかあ?」 「寂しがりのくせに、寂しいのが好きなの。寂しいとき、自分からもっと寂しい場所にいたがるのよ」 「……委員長がですか?」 しのぶ先輩はこっちを見て少し微笑んだ。「そう。」 冗談を言っているふうでもない。しのぶ先輩が委員長のことをそんなふうにまじめに語るのは初めてだった。委員長と彼女が恋人同士である事実を前に、その話題にはちょっとした触れにくさを感じた。 「……自分にはよく分からないです」 だって、あの馬鹿の委員長が、寂しがり屋? あの、単細胞で煩悩の塊で、明けても暮れてもろくでもないことばっかり考えていそうなあの、委員長が? ――――ちょっと自分には考えられない。(いわゆる“あばたもえくぼ”っつか、“恋は盲目”みたいなやつだとしか思えないのだけれど、どうだろうか?) 「……そっかあ。」 しのぶ先輩は、特に何も読み取れないいつもの笑顔で笑った。 何となく気になったけれど、二人の間の複雑な問題なのだろうか、などと考えるとこちらから口に出すのは躊躇われた。 (……なんだかんだ、年上だし、恋人同士だからなあ、あの二人) 自分に触れられない領域というのは、手を伸ばさないでいるほかいたしかたない。 眼鏡をかけなおして自分も書類に向き直った。 |