▼ 10.進む道、刻む道
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サワサワと、風が吹く。木々が揺れて、なにかを喋っている。ドゥロロが森を歩いてどのくらい経った頃だろう。
聞き覚えのある『言語』。それを、聞き取った。
続いて、同じ言語を操る、少年の声。
「──まて。だめだ。……これは、ぼくの、獲物だ」
交互に聞こえるふたつの声。どうやら、会話をしているらしい。驚いた。
あの耳は、人間が話しかけても聞こえないという感じだったが、もしかすると、この森の、微弱な『言葉の波』は、言語として拾い、聞き取れるのかもしれない。
『……だから? 掟に従うのなら、ここに入った時点で、それはわたしたちの生け贄よ。その枝を退けて!』
「……強い方が生き残る。それが森での掟だろ。ぼくは──おれは、強いよ」
『あなたは木よ。獣みたいなこと、言わないで。枝がそんなに伸びている!』
「──人間だ」
『多くの人間は、人間を食べないわ』
「──おれは、平気」
『あなたが血を流せば、あなたの全てが、木になるわ。そうしたら、あなたも森の《一員》。ちゃんと、取り分は分け与えてあげる』
「均等に分けろって? 冗談じゃない。おれに付いてきたんだ。だから、お前らは食うな」
迷う暇はなかった。
考える必要はなかった。
歩くたびに近くなってくる声をたよりに、木々の隙間から姿を見つけ、急いで駆け寄り、ドゥロロは、強く叫んだ。
「セイ!」
──なにか聞こえた、と感じたセイは、倒れたまま、ゆっくりと声の主を頭上に探す。
そして、ドゥロロを見つけた。──ところどころ、引っ掛かり、破れたシャツから見える彼の両腕は、ごつごつした、木の枝そのものになっている。
セイは、複雑そうに、目を見開き、どうしたらいいかわからないと言ったように、うろたえた。
彼の目玉は不安定に、飾り物みたいに、ぐらついている。少しずつ、腐敗しはじめているような、感じさえあった。ぼろぼろで、
かろうじて、人間。
「ドゥロロ……どう、して」
呟くセイに、ドゥロロは明るく笑う。心からとは言えない、無理をした笑顔だった。
「ごめん。ずーっと迷ってたんだけどさ、ぼくは、そろそろ、人間ではいられないみたいだ! これでも結構、持ったほうなんだけど──……まあ、当たり前だよね。きみを殺して食べて、ぼくが人間になる、なんて──やっぱりそんなこと、出来ない」
セイは何も言わなかった。返す言葉が、よくわからなかったのだ。代わりに、ゆっくり、顔だけ起こすと、ドゥロロに手を伸ばす。
それは、人間の、手だ。
そして、赤く濡れていた。その『血』は
『何』のものだろうか。
「……セイ、怪我、してるの? 背中、血が、すごいけど」
うまく手を掴めずに、震える声で言うドゥロロに、セイは小さく、微笑みかけた。
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