▼ 9.寄り添うように舞い降りる
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森がざわめいていた。
なにかの変化を感じ取っているらしい。草木が揺れて、セイを誘った。甘いにおい。何かの歌。ずっと前から聞いていたし、聞こえていた気がする。
誘われるままに、森で一番の、大樹の元へと急いだ。道は覚えていたので、もう迷わなかった。
「母さん、来たよ」
たどり着いて、一番、そう声をかけた。だが、木は何も答えない。《彼女》の姿さえ、どこにも感じられないようだ。
まるで、最初からいなかったみたいに思えてしまう。
「母さん……」
枯れかけて痩せた枝から、ゆっくりと葉が落ち、静かに着地する。それを目で追った先に、最初は気づかなかったが、セイの頭くらいの大きさの石があった。名前が刻まれている。
男性名らしかったが、発音の仕方がわからない。誰かの、墓だろうか。もしかすると、と考えかけたが、やめた。
「……あのさ、フレネザを探してるんだ。小さな、女の子だよ。ここに、来なかった?」
木はやはり何も答えない。静かに、風で時折揺れるだけだ。仕方がない。立ち去ろうと足を動かしたときだった。
──ギシ、と、背後から、なにかの軋むような音がして、ゆっくりと、数メートル先の木が倒れたのを見た。
「え……」
それを合図にしたかのように、羽音とともに、どこにいたのかという数の白い鳥が、一斉に空に舞い上がった。まるで、どこかに逃げて行くように思え、不安になる。
「なに──これ……」
なんだか、嫌な予感がする。うまく言い表せないが、不吉なものを感じた。
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