▼ 8.痛みに慣れ、ぬくもりも痛む
彼を呼ぶ。届くかはわからなかったが、強く、何度も呼んだ。
屋台の、甘いにおいや、焦げたような油のにおいが辺りに充ちていたが、今はそれさえ鬱陶しい。人々がこちらを見ていたが、気にならなかった。
ドゥロロは、彼が、化け物ではないことを知っていた。彼は、意味もわからず追い込まれて、怖かっただけだと理解していた。
化け物と扱われて、それが町中にあっという間に伝染していく様は、それこそ、恐るべきものだった。
『悪者は、いた方が、面白い』
おそらくは、そんな、ただの好奇心が、事態を大きくしているのだろう。もう、味方が一人も居ないような気さえしているのかもしれない。
自分は、彼の逃げ場に、救いに、なれるだろうか。裏切ろうとした自分を、裏切らないでくれた彼を、まだ、救えるだろうか。声を張り上げる。
「セイ!」
喧騒に紛れないようにと、人を押し分け、5回目に呼んだとき、ようやく、彼がこちらを見た。
──彼は、今にも泣き出しそうな顔をしていて、その目は、周りに問いかけているようにも見えた。
『自分は何者なのか』と。
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