▼ 2.歌声が映すもの
「信じ……られない」
ドゥロロは呟いた。
顔を歪めて、一瞬だけ、うつむいた。髪の毛で、表情は見えない。
手から物を落としはしなかったが、さりげなくポケットにしまって、それから、セイと目線が合うようにしゃがんで、顔をあげた。
やはり、いつかと同じ、泣きそうな笑顔だった。
(ああ、いつもの彼だ。ほっとする)
……それから、少し寂しかった。
ずっと自分が、知らないふりをしていたことに、きっと、彼は傷付いただろう。関係は、前より素っ気なくなるだろうか。
それでも。
「お前結構、わかりやすいんだよ。でもさ、そこも、いいところだと、思ってる」
セイはドゥロロに手を伸ばした。
共に戻ろう、と言いたかった。
――しかし、彼に触れることはできなかった。
彼は、セイの腕をすり抜けた。
焦点は定まらず、どこか、遠くを見ている。
ふいに、淡い光を背後に感じた。フレネザが、再び浮き上がっている。
驚きを隠せないセイのそばを、徐々に抜けて、あの台座のような場所に、再び引き寄せられていった。
セイも、足がうまく立たないなりに、見えないなにかに引きずられて、台座に近づいていった。彼女を引き渡してはいけないと、必死になる。
「離しなよ。彼女は……《いけにえ》に、選ばれたんだ」
突如後ろから、ぽつりと呟きが聞こえた。黒く、淀んだ声。
とっさに、誰の声かわからなかった。振り返る。
後ろでは、ドゥロロが、虚ろな目をして、何か、手をかざして、フレネザを操っていた。
「進め、台座まで、ゆっくり、進むんだ……」
「……ドゥロロ?」
セイは不安になって聞いてみる。返事はなかった。
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