▼ 2.歌声が映すもの
「……くしゅん」
――あの日。
目が覚めたときに聞いたのは、まずそんな、くしゃみの音だったと思う。
「ん……」
光を感じて、起き上がって、目を開けて、気が付く。いつの間にか、家のベッドの中にいるようだった。
感じ慣れた布団の温かみに、ほっとする。
右横に気配を感じて、視線を動かすと、ベッドに、うつ伏せによりかかるように、真っ赤な顔のドゥロロが眠っていた。
顔つきは険しく、息が浅く、苦しげだ。
目尻には、いくつも涙の痕があった。
今は、苦しげな寝息を立てているが、泣いていたのかもしれない。
「おいっ……」
セイは慌ててベッドを抜けた。自分よりも、彼の方が、具合が悪そうだ。
今日、母は仕事でいないため、彼を介抱するにしても、
自分がやらねばならない。
彼は、よく見れば見るほど、傷だらけだった。
傷口も、消毒せねばならないだろう。
どうやって自分を助けてくれたのかはわからないが、手足に擦り傷がいくつもあり、顔が土か何かで僅かに汚れている様子から、何かしら、無茶をしてくれたのだとわかった。
「……ありがとうな」
セイは、聞こえるはずのない声で、ぽつりと呟いた。
――いろいろなことを思い出した。
こんなことは、他にも、何度もあったのだ。
中には、喧嘩にかこつけて直接ナイフを向けられたりもした。
常日頃から、手にはよく、物騒な類いの物を握っていたし、どきどき、それを落として、言い訳したりしていた。
だが、セイはドゥロロが好きだった。
嫌いになることはなかった。
いつも、最後には、必ず助けてくれた。
いつも、自分よりも辛そうな、悲しそうな顔をしながら、無事で良かったと、言ってくれた。
彼は、とても優しいのだ。それを、ちゃんと知っている。
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