▼ 10.進む道、刻む道
外に出ようとした、そのときだった。
「あ……」
ふと、どこからか、聞いたことのある歌が聞こえた。
よく知る少年と──懐かしい気がする、けれど、知らない少女の声が、歌となって、響いていく。
「セイ……」
それは、悲しみと、慈しみに満ちた、柔らかな旋律だった。心が安らぎ、奪われていた大切なものを、ふと、思い出したような、懐かしい感覚で、彼女や、多くの人びとに響いた。
「これ──あの子は、知っていたの?」
その歌声に、我先にと森へ向かっていた男たちが足を止め、次々に空を見上げる。どこから聞こえるのかという話になり、森だ、と悟る人が増えてくる頃──森の方からは、二人の学者風の男が降りてきた。
待っていたものは皆、帰りが遅いと、不安になっていたところだったが、どうやら無事らしい。
駆けてきた人びとに、彼らは言う。
『あの森は、恐ろしいところだった』
『次に行けば殺される』
けれど。
「──少年が、居たんだ。二人」
「そうだそうだ、二人の少年が居た。橙の髪の方は、ふっと、消えちまって、骨さえ残らなかった」
「獣種の──青い髪の方は?」
「ああ、そいつさ。そいつが、俺らが喰われそうになったのを、止めてくれた」
「──あの化け物がか?」
と、いきなり、信じられない、という顔をした老人が問うのが、彼女の部屋にもよく響いて聞こえてくる。
「──ああ。そうだ。ざわざわっと、森から、子どもみたいな声が沢山溢れてきて、姿はないんだけど──そいつらが、こっちを見て、割こうか食おうかというんだ」
「終わりを覚悟した。軽い気持ちで、踏み入るんじゃなかったと」
「──だがそんときに、食うなと、やつらに言ったんだ。多分。言葉はよくわからなかったけど。」
「ああ、そうだ。そうそう。でも──あの森さ」
「どうした」
「なんか……小さな子どもというか。ずーっと昔に、迷ったままになった子どもみたいな、そんな気がしたな」
「なにそれ、気味悪い」
多くの人間に囲まれた二人と、走る途中にすれ違う小さな少年が、笑うように言い、数人の同じような仲間たちと、駆け回っていく。
二人のどちらかが、まるで、『忘れていた』幻を見せられるみたいだ、と呟くと、何人かの大人が青い顔をする。
その後、『こう掴まれた』と表現すべく、何気なく腕を捲った彼らの腕には、小さな、手の平の跡と、巻き付いた枝の跡が、 くっきり赤く付いており、森に入ろうとしていた人びとも、あっという間に数を減らし始めた。
夕暮れ。
森は穏やかに、静かに揺れて、柔らかく、橙に輝く。それは美しく、そして、どこか寂しげだった。
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