高校生活が始まって一週間が経ち。
声の出ない私を周りはまるで腫れものを扱うかのように接してきた。
別に私は構わない。
中学の時のような思いをするのはもうたくさん。
3年間目立たないように過ごそう。
「わっごめんね!!大丈夫?」
息苦しい教室から早く出たくて慌てた私が悪かった。
入口で思いっきり人とぶつかってしまった。
けれど声の出ない私は謝ることができない。
何度も何度も頭を下げていると、頭上から困ったような声が聞こえた。
前を向くけれど、その人は大きくて。
とても大きすぎて、見上げなければ顔が見えないくらいに大きかった。
「どこも怪我してない?って君は確か、日向野さん…だよね」
どうして私の名前を知っているのだろう。
まだ入学して一週間しか経っていないのに。
それに私は彼の名前を知らない。
クラスに大きい人がいることは知っていた。
周りよりも明らかに飛び抜けて大きかったから覚えている。
「あ、えっと、声が出せないって聞いてたから覚えてたんだ。オレはね、葦木場だから、よろしくね」
手を出されて一瞬何かと思ったが。
握手したいのかと思いすぐその手を握り返した。
握られた手を上下に振りながら葦木場くんは上機嫌。
何だかこの人少し変わってるような気がするなんて思いながら背の高い彼を見上げながら苦笑していた。
しかしいつまで手を握っているんだろう。
「ご、ごめんね!!日向野さんどこか行くつもりだったのに引き止めちゃって」
手を離した葦木場くんに首を横に振り私は中庭へと足を運んだ。
誰にも邪魔されないこの空間が私は大好き。
元から人と関わることが苦手で、加えて中学での一件がありますます人と接するのが嫌になった。
あれさえなければ私の声は…
医者からは精神的なものだから戻る可能性はあると言われているが。
未だに戻る兆しはない。
このまま一生戻らなかったらどうしようとかそんなことばかり考えてしまう。
歌が歌いたい。
思いっきり心の底からもう一度歌いたい。
だけど、もう、無理かもしれない。
そろそろ寮に戻ろうと踵を返し歩いていると、向こうの方から見慣れた大きな体が歩いて来た。
さっきぶつかった葦木場くんだ。
先刻とは違いジャージを着ている。
「あれ、日向野さんだ。どうしたの?」
何もないよと首を横に振って返事をする。
そんな私の態度の意を察してくれたのだろう、そっかーと言いながら自分の話をし始めた。
「オレ今から部活なんだよね。自転車競技部に入ったんだ。ここの自転車部すごく強くてね、去年もインターハイで優勝してるんだよ」
楽しそうに話す葦木場くんはきっと自転車が好きなのだろう。
その姿を見ていると何だか楽しくなってきた。
それと同時に羨ましくも思えた。
好きなことができていいな、と。
「じゃあオレ行くね。またね」
手を振り返し彼の背中を見つめながら頑張れと心の中で囁いた。
そういえば運動部なんて考えもしなかった。
高校に入って部活に参加しようという気すらなく。
3年間帰宅部でいいやと思っていた。
部活に入れば必然的に人と関わる機会が増える。
それが堪らなく嫌で。
だけど楽しそうな葦木場くんを見ていいなって思ったのも否定はできなかった。
変わった人