この恋を止められない

報道でよく見かける“ストーカー”という文字。
警察に相談しても無駄だとかいろいろ云われているけど。
私自身そんな身勝手な事で人生を終わらせるなんて真っ平御免なわけで。
けれどいざ自分が其の被害に遭ってしまった時に誰を頼れば良いかなんて明白である。
つまり警察に行くしか手立てがない。
とは云うものの、実際私はストーカー被害に遭っている訳ではない。
ストーカー一歩手前くらいなのである。
この状況で警察に相談に行っても恐らく取り合ってはくれないだろう。

如何してこうなってしまったのかと云うと、私が恋人である彼に別れ話を持ち出したからだ。
一つ云っておきたいのは決して私の身勝手な理由で持ち出したわけではないという事だ。
付き合い始めた当初は其れはとても優しい人で在ったが、如何云うわけかある日突然激変してしまったのである。
あの優しい彼は何処へやら。
今更嘆いた処で何が変わるわけでもないが、私はストーカーなんぞに殺されたくないと云うのが本心だ。

しかし男というものは如何も諦めが悪いようで。
別れ話をした次の日から分刻みで着信は来るわ、大量に手紙は来るわ、家の扉を叩くわで散々な目に遭っている。
もしかして此れはもう立派なストーカー被害なのだろうか。
そうだとしたら一刻も早く警察に行かなければならない。
思い立ったが吉日。
そうだ、警察に行こう。

自宅のマンションから一歩足を踏み出す前に、先ずは周囲を確認しなければならない。
毎日毎日本当に面倒である。
奴がいない事を確認してから全力で人通りの多い場所まで走る。
これが私の日常となっていた。
何時もは奴と鉢合わせしないが、今日だけは運悪く出会ってしまった。
非常に不味い。
全力で走る私の後ろを同じように走って追いかけてくる元恋人さん。
こんな奴と付き合わなければ良かったと、心の底からあの日の私に恨み言を云うが、現状は何も変わらない。

普段交番なんて気にしないのが仇となったのか、なかなか交番が見つからない。
因みに私はインドア派なので足が速いわけではない。
つまりは後ろから走って追いかけてくる奴との距離はどんどん縮まっていくのであった。
流石の私もこればかりは身の危険を感じて涙ぐんでしまう。

確かあの角を曲がった処に交番があった筈だと思いほんの少し走る速度を上げた時。
運悪く反対側から歩いてきた男性にぶつかってしまった。
転ぶ寸前に茶色い外套が目に入り、何故か地面と私は一体にはならなかった。
ぶつかった男性が転ぶ前に私を庇ってくれたのだ。

「大丈夫かい?」
「あ、有難うございます…」

漸く彼の顔を見ると、なかなかのイケメンだった。
首や手に包帯を巻いているがそんな事どうでも良くなる程の美形。
奴に追いかけられている事なんて頭の何処かへと消えてしまっていたが。
名前を叫ばれてハッと我に返った。
これは本当に不味い。

「なまえ!!何で逃げるんだ!?」
「追いかけて来るから…」

あんな顔で追いかけられたら誰だって逃げると思う。
大体別れたというのに今更私に何の用があると云うのだろうか。
それに着信も手紙もその他諸々、立派な犯罪である。
私は犯罪者から逃げていたのだ。
責められるいわれはない。
しかし奴はどうやら自分には非がないと思っているらしく。
公衆の面前でどうして別れたのか、あんなに尽くしてやったのに、だの何だの喚いている。
勘弁して欲しい。
ストーカーされて尚、こんな辱めを受けなければいけないなんて私が何をしたというのか。

先程ぶつかった美形も目を丸くしている。
これではまるで私が悪いみたいだ。
全くもってそんな事はないと云いたい。
尽くしてやったと喚いているが、尽くされた事など一度もない。

茫然と奴を見ていた私だったが、突然腕を掴まれ驚きのあまり声が漏れてしまった。
腕を強引に掴み引っ張っているのは紛れもないストーカー君である。
待て待て待て、とそう云いたいが驚き過ぎて先刻漏れ出た声意外何も発する事が出来なかった。
このまま何処かに連れて行かれて殺されてしまうのだろうか。
今まで溜まっていた涙がついに零れてしまったその時、私を転ばないように庇ってくれた彼がそれを静止した。

「彼女嫌がってるみたいだけど?」

その一言で思わず彼に惚れてしまいそうになった。
なんて優しいのだろうか。
思わず抱き着いてしまいそうになる。
しかしそう云われた奴はますます不機嫌になり、あろうことか殴り掛かってきた。
私は悪くないとは云うものの関係ない人に怪我をさせるわけにはいかない。
彼を庇おうと前に出るが、美形様は逆に私を庇うように抱き締めた。
こんな時に云う事ではないと思うがとても良い匂いがする。
殴り掛かってきたその拳を軽々と受け止めた彼は相手に一撃を食らわせ、顔面にそれを喰らった奴は三下が吐くお決まりの科白を吐きながら退散していった。

「本当に有難うございました」
「こんな美しいお嬢さんに乱暴するなんて許せなくてね。当然の事をしたまでだよ」

外見だけではなく中身までイケメンだったとは。
あまりの格好良さに本当に惚れてしまいそうだ。
世の中にはこんなにも素晴らしい男性がいるというのに、私は見る目がなかったみたいだと悲しくなってしまう。
次に恋をするならこういう男性にしよう、と一人心に誓うのだった。

「しかし…彼と一体何があったんだい?」
「うーん…話せば長くなるのですが…一寸色々ありまして仲違いした結果が此れです」

なるほど、と彼は察した様に呟く。
私は悪くないんですよ、と云いたいが変に強調すると何だか私が悪いのに言い訳をしている様に思われてしまいそうなので止めておく事にした。

却説、ストーカー元い元恋人は去り、難を逃れたわけだが。
所詮はその場凌ぎでしかない。
今は何処かへと消えたが明日またやって来て今度こそ私を殺すかもしれない。
此れは忌々しき事態である。
冒頭でも云ったが身勝手な事で人生を終わらせるなんて真っ平御免だ。
殺られる前に殺れと云うが、抑々この国で人を殺せば私も立派な犯罪者に成ってしまう。
其れは其れで言語道断だ。
一層の事遠くに引っ越してしまおうかとも思ったが、職場に迷惑が掛かってしまう為そんな事は出来ない。
矢張り警察に相談するしかないと云う訳だ。

「浮かない顔をしているけれど、若しかして先刻の男の件かな?」
「まあ、そうですね…」
「私はこう見えても探偵社員でね、良かったら相談に乗るけれど、如何だろうか」

探偵を名乗りつつ私の手を取る麗しい男性がとても眩しい。
目の前にいるのは若しかして神様なのだろうか。
貴方が神か。
藁にも縋る思いで包帯が何重にも巻かれている彼の手を取った。

「是非宜しくお願いします!!」






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