▼ 02

「俺はご家族の許可を得てほしいです」
「え、俺プロポーズすんの?」
「和哉さんに手出すならそのくらいの覚悟を見せてほしいです。結婚前提のお付き合いをお願いします」
「……家族って親?」

 さすがにひるんだのかいつものへらへらした笑顔を引っ込めた三崎先輩だったが、武もそこまではと思ったのだろう、一瞬考え込むような間の後、首を振った。

「今の時点でご両親まで引っ張り出すのは申し訳ないので、とりあえずもうちょっと手近なところでもいいです。兄弟とか」
「……弟? 中等部だっけ」
「中学生の許可ではちょっと」
「じゃあ妹? 今何歳?」
「四歳です」

 話を振られて答えると、武は「未就学児の許可もちょっと」と首を振り、やたら重々しい声で言った。

「お兄さんに挨拶に行ってください」
「……」

 今度こそ三崎先輩はあからさまにひるんだ顔をした。

「……いやお前、それはさすがに」
「できないんですか。じゃあ和哉さんのことは諦めてください」
「いや待て、待て待て。できる、できるよ、できるけど。うわーマジか、めちゃくちゃ怒られるじゃん絶対。あの人ブラコン入ってるし絶対許可なんかもらえねえよ」

 心底困ったような顔で、三崎先輩がうなだれる。見たことのない表情だったので内心驚いてしまったが、それよりも気になったのはブラコンという単語だった。

「ブラコンって? そんなことないでしょ」

 思わず口をはさむと、三崎先輩は驚いたようにがばりと顔を上げた。

「マジで言ってんの? お前すげえ可愛がられてるじゃん」
「え? どこが?」

 ちなみに俺には兄が二人いるが、一番上の兄はだいぶ年が離れていてここにいる誰も直接の面識がない上、数年前に家出して以来音信不通なので、現在話題にのぼっているのは二番目の兄のはずである。が、別に仲が悪いわけではないが特別に可愛がられている覚えもなく、つかず離れずの関係というかごく普通の兄という認識しかなかったのだが。しかし三崎先輩の認識は俺とは違っているようだ。

「ええ? 和哉には見せてねえのかな。たまに連絡すると和哉のことばっか聞かれるんだけど。」
「共通の話題だからじゃなくて? 妹のことは可愛がってますけど俺と弟のことは別に普通じゃないですかね」

 俺の言葉に、三崎先輩はどこか呆れたような顔で俺をまじまじと見つめた。そんな顔をされてもと思いながら視線を移せば、恭平も武も同じような顔をしていて、誠一も笑みさえ崩さなかったが小さく肩をすくめた。

「え? 何だよ」
「何だよじゃねーんだよ。和哉は本当にさあ、人の好意に鈍いというか愛されてる自覚がないというか」
「は?」
「いやもしかしてモテすぎてそれが自然な状態なのか? 好意を向けられるのが当たり前すぎて逆に気づけないってこと?」
「何言ってんですか。モテてたら恋人の一人二人できたっておかしくないし、さすがに誰かに好かれてたら分かりますよ」

 モテないから童貞なわけで、いや言わせんな馬鹿野郎。と思ったのだが、憮然とした俺以上に三崎先輩は険しい顔をした。

「じゃあ俺が和哉のこと好きって気づいてたか?」
「……え?」
「だろ」
「いや、だろじゃなくて……え? 俺のこと好きなんですか?」
「お前今まで何聞いてたの? 何で好きでもねえ男のために俺が身辺整理したり一年もおあずけくらったり怖い先輩に挨拶しにいったりしなきゃいけねえんだよ」
「別に兄ちゃんは怖くないけど、いやそうじゃなくて、え?」

 知ってたか? と視線を向けると、誠一は微笑んだままうんと頷いた。ついでに恭平も武も同様に頷き、そして視線を戻すと三崎先輩は俺を見てまた「だろ」と言った。いや、いやいや待て待て。

「でもめちゃくちゃ遊びまくってたじゃないですか。そんな人が俺のこと好きだなんて思うわけないし」
「だって笑えるくらい脈がねえんだもん」
「脈って」
「俺がちょっかい出しても全然なびかねえし、それにお前堂島のこと好きだっただろ」
「えっ!? 何で知って、あ、いや」

 確かに俺は堂島先輩になんというかこう、正直に言えば片思いしていた時期があって、ただ忘れられない人がいると言っていたのでとっくに諦めていたのだが、しかしそれは心のうちに秘めていたはずで誰にも言ったことがなかったのに。

「バレバレだっつうの、皆知ってるよ」
「えっ!?」

 再び思わず見た誠一も恭平も武も、全員揃って頷いた。頷かれても困るのだが、思わず青ざめた俺を見て三崎先輩は小さくため息をついた。

「とにかくまあ、だからさすがに無理かなと思ってたんだけど最近堂島のこと諦めてたっぽい感じもあったし、そしたらこの前のあれだろ、手出してみたら意外と普通に触らしてくれるし」
「ふ、普通に触らせてあげた覚えはないんですけど」
「したらめちゃくちゃかわいいし一回あれ見ちゃうとさすがにもう諦めがつかないというか、放っといて今後他の男にヤられるくらいなら怖い先輩にボコられるくらい屁でもねえわ」

 だから兄ちゃんは別に怖くないし暴力的なタイプではないはずなのだがそれは置いておくとして、問題は三崎先輩に真面目な顔で見つめられて俺の体温と心拍数が上昇しはじめていることだった。緊張しているのだろうか俺は、それとももしかして嬉しいんだろうか。
 いやそんなはずはなくて、だって三崎先輩は軽くてチャラくて心にもないような軽口で人をたらしこむのが上手くて、だから俺のことを好きなんてのもたぶん嘘で、いやそれにしては誠一達もそれを知っていたのが解せないが、だとしてもまさか本当に俺のことが好きなんてことはないはずで、だってこんな格好良くて確かに軽いんだけど仕事だとか大事な時にはちゃんと真面目でなんだかんだ優しくて後輩達の面倒もちゃんと見てくれて困っていたら何も言わなくても察してそっと助け舟を出してくれてそれが負担にならないように軽口ではぐらかしてくれるような優しい人がまさか俺のことを好きだったなんて、そんなことが本当にあっていいのか?

「……和哉」
「……なんですか」
「なんでそんなかわいい顔してんの。照れちゃった?」
「ち、違います」
「俺が和哉のこと好きってちゃんと分かった?」
「いや、そんなはずは……」

 三崎先輩は優しく目尻を下げると、また優しく俺の頬を撫でた。そんな顔で見ないでほしい。とても視線なんか合わせられるわけがなくて、目をふせるとひんやりした指が今度は俺の唇をそっと撫でた。

「こっち向いて」
「……」
「ちゅーしていい?」
「……」

 何も言えないまま視線だけ上げると、三崎先輩はとろけるような顔で微笑んだ。何か返事をしようと思って、というか拒否しないといけないと頭では思っているのに、結局は何も言えずに引き寄せられるままに目を閉じかけた時、

「タイムタイムターイム! しっかりしてくださいよ和哉さん! チョロすぎるって!」

叫びながら駆け寄ってきた恭平が俺をべりっと引きはがした。我に返った時には目の前に武の大きな背中があり、どうやら間に割って入ったらしい。

「邪魔すんなお前ら! 黙って見守れ!」

 武の背中の向こうで声を荒げた三崎先輩に、こちらも顔は見えなかったが誠一がホワイトボードをばんと叩く音がした。

「三崎先輩。こちらをご覧ください」
「はあ?」
「身辺整理。浮気厳禁。段階を踏む。家族へ挨拶。復唱してください」
「お前さあ」
「復唱してください」
「……お前ら本当にいい根性してんなあ」

 目の前の背中ごしにそっとうかがうと、ため息をついた三崎先輩は顔を上げ、俺を見て小さく苦笑いした。

「分かった、ちゃんとするから。覚悟して待ってろ」
「覚悟って……」
「だからお前も浮気すんなよ」
「……」

 気圧されて頷いてしまった俺だったが、しかし後から冷静に考えるとその時点で俺は別に三崎先輩に恋愛感情があったわけでは全くなく、というか三崎先輩が俺を憎からず思っていたということさえ寝耳に水状態だったのでそもそもそういうことを考えたことすらなく、だから別にそんな約束をする必要もなければ三崎先輩を信用していたわけでもなかったのだが。

 しかし結論を言えば、実際三崎先輩は誠一達からの無理難題を全て守り通した。
 同時に卒業後も頻繁に連絡をくれては何でもない雑談の合間や連休中に顔を合わせた時なんかに熱心に口説かれ、ようやく俺が三崎先輩を信用した頃には自分で言うのもなんだが多分すっかりほだされてしまっていた。
 俺の卒業式にスーツを来て迎えに来た三崎先輩を、誠一も恭平も武もすっかり態度を翻して好意的に迎えるのだが、それはまたもう少し先の話である。

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