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 その後一度だけ、武井と話す機会があった。ただし既に守山から話が伝わっていたらしく、俺からは何も説明する必要はなかった。つまり俺は人づてに別れ話をするという情けない醜態を晒してしまったわけだが、武井はそんな不誠実なことをした俺を責めたりはしなかった。ただ何もかも了解しているような優しい表情で「ちょっと寂しいけど、でも委員長に幸せにしてもらってね」と言っただけだった。
 一体守山はどんな伝え方をしたのだろうか。俺が守山に幸せにしてもらうというその言葉には何か釈然としないものを感じたが、ただ俺も一つの恋愛の終わりに若干センチメンタルな気持ちになっていたので黙って頷き、そして何か明確な理由や目的があったわけではないがその場の雰囲気で握手をして別れた。

 武井との別れによるその若干センチメンタルな気持ちは、しかし長くは続かなかった。理由は二つある。一つはあの日以来二日と明けずに守山に呼び出されてはやたらといい香りのするベッドで抱かれていたこと、そしてもう一つは、俺が守山と付き合い始めたということがいつの間にか学園中の周知の事実になっていたことだった。
 まさか武井がそんなことをわざわざ言いふらすはずはないから、おそらく吹聴した犯人は守山なのだろう。そこまでは分かったが、しかし守山がそんな行動に出た真意は全く分からなかった。そもそもそれまで俺は守山とは友人だったわけでもましてや仲が良かったわけでもなく、俺にとっての守山はむしろなるべくなら関わりたくない、いけ好かない、気の合わない、犬猿の仲である男だったのである。だから守山の真意どころか守山が考えていることの一端さえ、俺に分かるはずはなかった。なぜ俺が守山と付き合うことになっているのかも分からなかったし、なぜ守山がそれを他人に触れ回ったのかも分からなかったし。そしてなぜ守山が俺を頻繁に部屋に呼んでは抱き潰したうえ最後には抱きしめて眠るのかも分からなかった。
 しかしとにかく俺と守山が付き合っているという噂はまことしやかに学園内に広がり、その結果俺はゆっくり感傷に浸る暇もなかったのだ。

 俺を少々大げさなほど慕ってくれている親衛隊長は、ある日の昼休みに偶然顔を合わせるなり廊下のど真ん中で盛大に泣き崩れた。要約すると相手が誰であっても嫌なことは嫌だが、それにしてもなぜよりにもよって守山を選んだのかというようなことを泣きじゃくりながら切々と訴えられたが、別に守山を選んだつもりはなかった俺には何とも答えようがなかった。代わりに宥めたりすかしたりあやしたり話を逸らしたりと色々なことをし、他の隊員達の必死の慰めもあって彼が元通りに立ち直るまでには実に数週間を要した。
 同時に生徒会の役員仲間達にも詰め寄られた。副会長は「一体何がどうしてそうなったんですかあなた騙されてるんですよさては委員長に何か甘いことでも言われて何となく言いくるめられちゃったんでしょう本当にあなたは鈍いというか危なっかしいというか騙されやすいというかそのままじゃ絶対いつか詐欺にあって高価な壺だの絵画だの売りつけられますよ」となんだかよく分からないことを言いながら俺の胸ぐらを掴んで揺さぶり、会計は「絶対策略だよマジでヤバイよあいつ正攻法じゃ会長に箸にも棒にもひっかけてもらえないから外堀から埋めるつもりなんだよー」とやっぱりなんだかよく分からないことを言いながら頭を抱え、書記は無言で風紀委員室に殴り込みに行ったかと思えばすぐに撃退されて帰ってきた。
 俺は聞かれるがままなるべく詳細に経緯を説明したが、しかし自分でもよく分かっていないことが多すぎたので上手く納得してもらえなかった。結局いつの間にか守山が何か言い含めたらしく、気がついたら三人とも俺達の仲を認め静かに見守ってくれるようになったが、しかし冷静に考えると守山との仲を認められることがはたして良いことだったのかどうかは謎だった。
 さらに新聞部員にも追い回された。何かと付きまとわれて質問責めにされ辟易した結果、結局俺と守山のツーショット写真とインタビュー的なものが校内新聞を大々的に飾ることになった。見出しには大きく「生徒会長と風紀委員長の熱愛発覚」とゴシップ誌さながらの文字が躍っており、本文は多大な誇張と捏造に溢れていた。俺はそれを見て一体何を思えばいいのか分からないまま、その新聞が貼り出された掲示板をたっぷり十分は見上げていた。
 しかしその段階に至った時にはおそらく、俺の頭は既に麻痺していたのだと思う。他人に説明するために守山と付き合っていると何度も口にし、しかも同時に守山に呼び出されては抱かれていたからだろうか。俺は一連の騒ぎが収まる頃にはすっかり、そうか俺は守山と付き合っているんだな、と半ば刷り込みのように納得させられてしまっていたのだ。

 さてその間守山がどうしていたかというと、その一連の騒ぎが収まるまでの間ずっと、そして収まってからも変わらず、以前の関係からは考えられないほど俺に優しくしていた。行為の内容は相変わらずしつこくてねちっこかったが、それ以外の時でも俺は無意識のうちに守山に大事に守られているような、そんな安心感や充足感を覚えるようになっていて、そしていつの間にか守山を頼りにするようになっていた。
 ただし守山は、俺に好きだとかそういう類のことは一度も言ったことがなかった。俺が時折「お前ってやっぱり俺のこと好きなの?」と尋ねても、きまって「んなわけねえだろバカじゃねえの」と否定し、そのくせ慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら俺の頭を撫でた。その手があまりに優しいものだから、俺は内心いい加減認めりゃいいのに素直じゃねえな全く、と思いながらも非常に満足し、くすぐったいような幸せな気分のまま守山にキスをねだるのだった。

 だがそれでも、なぜ守山が何も言わないのか考えることはあった。守山と付き合い出してしばらく経ってから、改めて全てを冷静に俯瞰してみたところ、俺は会計が言っていた通り守山が『外堀から埋めた』ことを理解した。守山が俺のことを好きになった理由や、いつから俺のことを好きだったのかは分からない。ただ、昔からよく鈍いだの危なっかしいだの言われている俺にも守山に好かれていることは察することができた。
 では守山が俺を好きだと言わない理由は一体何なのだろうか。ただの意地のようなものなのか、あるいはもしかしたら守山も不安なのか。確かに付き合い出した当初はさっぱり何も分からないまま、ただ流されているのみだったという自覚はある。守山もそれを分かっていて、俺の真意をはかりかねていたのかもしれない。
 だが、だとすればそれは大きな間違いだった。確かに最初は流されていたが、騒ぎも収まり落ち着いた今となってはもう事情が違った。俺は守山に呼び出されなくても自ら守山の部屋を訪ねるようになっていたし、守山のやたらといい香りがするベッドも気に入っていた。そしてそこで守山に抱かれることも、それ以外の時にも守山に頼ったり守られたり甘えたり大事にされたりすることも、すっかり気に入ってしまっていた。
 だからもし守山が不安だというなら、代わりに俺の方から好きだと言ってやってもいいのかもしれないとも思っている。
 いつかそのうち、今すぐというのも何となく悔しいからもう少し後になるかもしれないが、いずれ、そう遠くないうちに。

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