▼ カイロ

翌朝学校に行くと、ヨッシーともっちゃんとケーゴが窓側にある俺の席の周りに集まっていた。ヨッシーは真面目な顔で「説明を要求する」なんて言ってるけど、別に怖くない。
なんせ視線は俺に固定されてるけど、ヨッシーの両手はモンスターを狩りに行くゲームに夢中だからだ。しかもその隣でケーゴが「粉塵プリーズ!」とか騒いでるし。ついでにもっちゃんは「砥石忘れた」とか嘆いてるし。

ゲーム機をつき合わせてる3人の輪に無理矢理入った俺は、スクールバッグをごそごそして自分のゲーム機を取り出しながらヨッシーの画面を覗き込んだ。というか4人でできるゲームなんだから俺が来るまで待っててくれりゃーいいのに、ほんと薄情なんだから。

「で? で? あいつ誰なの?」

ヨッシーもヨッシーで真面目な顔をもたせられなかったらしい。好奇心満々で目を輝かせながら俺に詰め寄って来た。
その手元の画面で、ヨッシーが操っていた美人な姉ちゃんのキャラが死亡する。あらら。
ぎゃははと笑う残り2人の笑い声をBGMに、俺は昨日辰巳が言っていたことを回想した。

「2年I組冴木辰巳、剣道部所属、好きな食べ物は唐揚げ」
「ふは、そこまで聞いてねーって。そんで? いつの間に知り合ってたの?」
「え? だから昨日初対面だって」
「マジで? マジなのそれ? お互い一目惚れとかほんとにあんの?」
「あったんだからしゃーないじゃない」

ヨッシーは、ふーん、と納得していないような顔で唸った。しきりに首を傾げてるけど、でも本当にあったんだからしゃーないじゃないとしか俺には言えないよ。

「うーん、まーいっか。んで? もうヤったの?」
「ヤってない。ちゅーだけ」
「へー珍しいね、タカが寸止め? 段階を踏みましょうってか?」
「や、彼氏いるんだってさー。別れるから待ってって言われた」

そうなのだ、辰巳にはなんとお付き合い2週間目の彼氏がいたのだった。
トイレであのまま盛ろうとした俺を爽やかにかわした辰巳は、「彼氏と別れてくるから」と去って行き、そして連絡先は交換したものの連絡が来ないまま今に至る。
その経緯を話すと、ヨッシーはボタンを連打しながら「ふーん、律儀だね」と言った。

「ちゅーはしたけどね」
「ふはは、浮気だ浮気」

顔を見合わせ笑う俺とヨッシー。だけどヨッシーの笑いはだんだん引きつっていったかと思うと、最後はぷつりと途絶えた。しかもその顔はどんどん歪んでいって、あれれと思った瞬間ヨッシーがゲーム機を放り出して突然泣き出す。

「えええ! 何ヨッシー! どうしたの!?」
「うっ、ううう…タカぁ……」
「え! マジ泣き!? ちょっとここ教室だよ!」

うろたえた俺は「タカが泣かしたー」と囃し立てるもっちゃんとケーゴを一睨みしてから、窓側で揺れていたカーテンを引き寄せてそっとヨッシーをくるんでやった。泣き顔を人目から隠してやろうという心遣い、優しいな俺。

「優しくねーよ! 何で包むの! 息苦しいわ!」
「あれ、ごめん。大人の気遣いを演出したつもりだったんだけど」
「あーもう全然ダメだよ! っつうかそうじゃなくてさぁ…聞いてよタカちゃん……」

カーテンの中から喚いたヨッシーは、すぐにそれを引きはがしたかと思うと真っ赤な目でがくりと机にうなだれた。そこからぼそぼそとした声で語られた話は聞くも涙、語るも涙。つまりヨッシーは彼氏の浮気現場を目撃してしまったらしい。

「うわわ。ドンマイ……」
「もーマジへこむわー。しかも俺の方がどうみてもイケメンだしさー」
「ハハハ、自画自賛乙」
「いやーもー…はーもう。へこむわーとしか言えないわー。冴木辰巳の浮気ネタで笑ってる場合じゃねーわ。笑えねーわ」
「なぜフルネーム。つーかどうすんの? 別れたの?」
「別れてねーけど、でも逃げてきちゃった……」
「あらら」

不憫だわーと思った俺はヨッシーの涙をセーターの袖で優しく拭ってあげた後、ポッケに入っていた苺味の飴を口に放り込んであげた。大人しくされるがままになっていたヨッシーが、もぐもぐと口を動かしながらやっぱり真っ赤な目で俺をまじまじと見る。

「……タカ、そのタラシ笑顔やめて。傷心の俺にはきつい」
「えー? 何が?」
「いや…まあいいけど……。つうか俺どうすればいいと思う?」
「うーん、あっじゃあ辰巳の彼氏と付き合えば? 浮気されたもん同士で傷舐めあっちゃえばいいじゃない」
「えっひでえ! お前ナチュラルに酷い!」



昼休み後半、俺は携帯片手に校舎の裏庭を訪れていた。
やっと届いたメールで指定された待ち合わせ場所はその少し奥にひっそりとある東屋で、木でできたテーブルとベンチ、あと申し訳程度に屋根がある。春と秋はなかなか人気のデートスポットになるそこは、夏は虫が多いし冬は寒いのでぱったりと人足が途絶えるのだった。
今日も北風がすごく冷たいから人っ子1人いなくて、俺はセーターの袖に手を隠して震えながらベンチに腰を下ろした。体感時間で30分、携帯の時計で3分過ぎた頃、校舎の廊下に面した窓を乗り越えて辰巳が現れる。

「わり、待たせた」
「何でそこから? つうか寒いよー」
「あー本当だ。こんなに冷えて」

俺の頬を触った辰巳が、ポケットに突っ込んでいた何かを俺に握らせ、隣に座って俺を抱きしめる。
あったけえ、と目を細めて抱きつき返しながら握らされた何かを見れば、それは使い捨てカイロだった。

「すげえ、こんなん久しぶりに見た」
「こういうの使わないのか?」
「使わない使わない。つーか校舎も寮も暖房完備だからいらないじゃん」
「ああそっか。でも剣道場寒いんだよ。だから部屋に買いだめしてる」
「へー。うわ、面白えこれ。あったかい」

両手でくしゅくしゅさせながら感触に夢中になっていたら、辰巳の手が俺の後頭部を掴んだ。
「俺はこれの方が面白いけど」なんて言いながら舌先でピアスを舐めてくる。

辰巳の厚めの唇は、やっぱり触れただけで気持ちよかった。昨日同様がつがつした激しいキスをしつつ、辰巳の左の太腿に乗り上げる。絡めた舌を吸い上げつつ頃合いを見てベンチに押し倒そうとしたところで、しかし不意に肩を押し返された。
閉じていた目を開ければ、辰巳が少し申し訳なさそうに眉を下げている。
それで「あー…」と思った俺は、入れかけていた力を抜いた。

「悪い」
「いや、つーかまあ昼休みだし外だしね。別れ話難航中なの?」
「まあ、うん、そう。そもそも浮気されてて別れ話にはなってたんだけど何でだろうな」
「あ、そうなの?」

ヨッシーの彼氏といい辰巳の彼氏といい、何なの浮気が流行ってんの? いやそんなわきゃないけど。

「悪い、なるべく早く別れるから」
「ん、俺早く辰巳としたい」

気まずそうな顔をしていた辰巳の短い黒髪をくしゃりと撫でてやって、さっきヨッシーに「タラシ笑顔」って言われたやつを向けてみた。それが成功したのか、辰巳はちょっと目元を赤くして照れたように笑う。やった、と思った俺は時間を確かめつつ立ち上がりながら、聞こえないくらいの小声で呟いた。

「ふふ、かーわい」
「ん? 何か言ったか?」
「んーん、何にも。じゃあまた連絡してね!」

A組とI組は校舎の端と端だから、帰り道も全然逆方向なのだ。名残惜しくなりながらもう1回だけキスを交わして、俺と辰巳は東屋で別れた。

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